2020年6月3日水曜日

負荷・唇マスク・虫

 筋肉がつかない。それまで拒んできた筋力について、つけるほうに舵を切って1年余り。イメージでは現状、もう少しシャープでパキパキした体になっているはずだった。途中、そういう気配はあったのだけど、それはただ痩せて、体重も50キロを切り、最低限の筋肉が表層に出ただけの、あのやつだった。筋肉の形と一緒にあばら骨とかも見えるやつ。こういうことじゃない、とそこからまた方向転換し、たくさん食べ、糖質も意識的に摂って、体重を増やすことにした。それでいまは56キロくらいになったのだが、そうしたら往時の筋肉はまた内側に潜ってしまい、それを脂肪が覆う、ぜんぜんシャープじゃない肉体が爆誕した。とは言えそれは、2年よりもっと前の、筋トレとか一切せずに暮していた頃とは、組成としてはだいぶ違うと思う。その実感はある。でも実感があってもしょうがないのだ。大事なのは客観的な見た目なのだ。客観といっても他人ではない。そうそう他人に肉体を見られる機会はない。僕の肉体をいちばん多く客観的に見るのは、他でもない僕自身である。その僕が満足しない。やわらかそうな体だな、と見て思う。実際、ファルマンは近ごろ半袖になった僕の二の腕を、「気持ちいい」といってたびたび揉む。そんなはずあるか。大胸筋を鍛えるためにダンベル種目をやって、でもダンベルってけっこう難しくて、腕ばっかり鍛えられちゃうんだよね、というのは筋トレあるあるだが、僕は大胸筋はもちろん腕にも一向に筋肉がつかない。なぜだ。胸に行ってほしい負荷が腕に行ってしまう、じゃないのだ。腕にも行ってないのだ。じゃあ日夜ダンベルを持ち上げている負荷はいったいどこへ行っているのだろう。ちんこだろうか。ちんこならいっそいいのに、そんな様子は微塵もない。うちの負荷知りませんか。

 先日ニュースでちらっと見たのだけど、どこかの地方の飲食店、たしかうなぎ屋だったと思うのだが、その店の従業員は、口を覆ってしまう不織布マスクは冷淡な感じがするとして、マスクの上に唇のシールを貼っていて、これが客になかなか好評、という話があった。写真を見ると、従業員の中年女性たちが、わりと巨大で真っ赤な唇マークのシールを貼ったマスクを着け、みんながこちらを見つめていて、なかなか迫力があった。
 マスクに口を、といえば、先日「nw」に記事を書いた「「回」マスク」である。「回」マスクはいちど試作品を作っていまいちな結果になって以降、特になにも進展していない。しゃべるとき、マスクの中の実際の口に合わせて、もう少しマスク表面の「口」が動けばおもしろいのになー、などと思案しているが、解決の兆しは一向にない。うなぎ屋の唇シールのマスクは、そこらへんに関する思索は一切ないだろう。また真っ赤な唇マークに関して、ちょっと下品ではないだろうか、などという逡巡もたぶんない。中年女性の集団にそんな葛藤はない。あるのは勢いのみである。そしてそれは少し羨ましい。勢いって大事だよね。

 今年は毛虫が多い。田舎暮しになってからの8年余りで、ここまでそのことを強く感じたことはないので、今年はたしかに大量発生しているのだと思う。職場の駐車場が山の麓のような場所にあり、枝葉が伸びているその下に車を停めるような環境なので、労働を終えて車に戻ると、屋根やフロントガラスに何匹かの毛虫が鎮座していたりする。いうまでもなく、非常に気持ち悪い。またその毛虫が、実に気持ち悪い外見なのだ。頭の中に、思うままに最高に気持ち悪い毛虫の姿を思い浮かべてくれれば、それがほぼ実物そのものだろうという、そのくらいに気持ち悪い。毛がまた長くてさ。あいつが成虫になったらどういう虫になるのか、たぶん蛾だろうとは思うが、いったいどんな蛾なのか、知りたい気持ちはあるのだが、外見の特徴で検索をかけたりすると、真相にたどり着くまでに、見る必要のなかった毛虫の画像を大量に見なければならないと思うと、する気にならない。ちなみに車の上に毛虫が鎮座していたら僕はどうするのか、というと、「見なかったふりをして出発する」だ。そうしたら家に着く頃にはいなくなっている。それ以外に方法はない。同僚はフロントガラスについたやつを、「突っついて振り払うつもりで」ワイパーを作動させたら、それはもう惨憺たることになったらしい。想像したくない。
 あと虫つながりで、これも職場の話になるのだが、同僚が今日「家族でホタル見に行ったりしないの?」と訊ねてきたので、「いやー、行ったことないですね。ホタルなんてどこ行ったら見られるんですか?」と訊き返したのである。訊き返しながら、たぶん県北とかそういう話なんだろうなあ、と大体の予想をしていた。そうしたら同僚が、「あそこのファミマを左に曲がって、まっすぐ進んだあと看板が出てるからそこを右」と、駅前でラーメン屋の場所を訊ねたときくらいの説明をしてきたので驚嘆した。俺とホタルの生活圏はそんなに近かったのか。だとしても別に行かないけど(そこにはきっと毛虫も大量にいるのだろうし)。