2024年2月23日金曜日

さなえ・大谷棒・成熟

 怖い話をする。
 昨晩未明、僕は寝言で突然こう言ったという。
「さなえちゃん、さむかったろう、まだまだ……」
 ファルマンによると、僕はそれを好々爺のように言ったのだという。わりと大きな、ともすれば普段の僕の話し声よりも大きな声だったという。そしてそのあとは黙ったという。ファルマンは慌てて暗闇の中でスマホのメモを起動し、この文面を記したそうだ。
 ちなみに僕の身の周りに「さなえ」という女性はいない。
 僕はわりと、現実とは乖離した、現実で知っている人がひとりも出てこない、知らない人しか出てこない夢を見たりするけれど、それでも思い出す限り、僕は常に僕だ。さなえちゃんの寒さに思いを寄せる老爺になったりすることはない。怖い。
 もしかすると、寝ている間の、使われていない体や脳の部分を、この世界のこの時代とはまるで違う存在に、勝手にレンタルされているのかもしれない。あるいは何十年後かに、孫や曾孫で「さなえ」が誕生したら、これもまた趣の異なる怖さだと思う。

 大谷翔平が初めてのドジャースのキャンプということで、注目度が高く、ニュースでよくやっている。今シーズンは打者に専念するわけだが、先日は実戦形式で、バッターボックスに入っていた。昨シーズンのホームラン王ということもあり、報道陣のほかに見物客もたくさん詰めかけ、大谷の姿を見つめていた。
 その第1打席がすごかった。
 大谷、いちどもバットを振らなかったのである。球筋などを確認するため、はじめからそのつもりだったのだろう。
 しかし大勢のドジャースファンが見守っていたのである。10年7億ドル、日本円にして1000億円を超えるという契約をした大谷がどれほどのものか、見定めてやろうと取り囲んでいたのである。そんな中で、バットを振りもしない、という精神力。もはやサイコパスではないかと思った。
 僕なら、「第1打席は見るだけにしよう」と思っていても、大勢のファンが「どうなの、こいつ実際どうなの、やれんの」という感じで見に来ていたら、「いいとこ見せなきゃヤバいかな、顰蹙を買うかな」と思って、すごく半端なスイングをしてしまうと思う。そしてフォームを崩し、1シーズンを棒に振ると思う。その点、大谷はバットを振らない。バットを振らないから、シーズンを棒に振らない。すごい。サイコパスだ。
 大谷のエピソードを目の当たりにするたびに、僕が大谷に勝っているのはちんこの大きさくらいのものだな、と思う。ちんこの大きさ以外は、すべてで負けている気がする。

 ドラクエ11をやっているのだが、十代の頃のプレイと大きく変わったなと思うこととして、最強の装備を揃え、最強の仲間を集め、最強の強さになろう、という気持ちはぜんぜんないのだった。十代の頃は、レベルを99にして、メタルキングの装備一式を身に着け、5や6だったら仲間にできるすべてのモンスターを仲間に、みたいな執念があった。
 今は、あるもの、手の届くもので、やらなければならないことがこなせればそれでいい、というスタンスである。世界のどこかには、もっといい装備品があるかもしれない。たぶんあるだろう。でも別にそれを手に入れなくてもボスは倒せるので、なくてもいい。
 この考え方の変化は、もちろん僕が大人になったというのもあるけれど、ゲーム自体もそういう傾向があって、スキルポイントの割り振りというのがあり、そのキャラクターの装備できる、剣だったり、槍だったり、杖だったりの、どのスキルを伸ばしていくか、というのが選べるようになっている。レベルを上げたら、あらかじめ定められた数値でそのキャラクターの能力が上昇していくという一本道ではなくて、育成の要素があるのだ。だから、槍を伸ばすことにしてそっちにポイントを全振りしたら、剣はそこまで得意ではないキャラクターになる。昔だったらなんとなくそれは据わりが悪く思ったかもしれない。欠損だと感じたかもしれない。今はそんなことない。これはとてもいいことだと思う。なんでもかんでも手に入るわけではない。そういうものだ。それでいいのだ。