2019年5月25日土曜日

バナナ・腕力・世代

 バナナが好きだ。やけに好きだ。朝バナナダイエットなどの目的でバナナを摂取している、とかではなく、普通に味が好きなのだ。好物を訊かれたら、その日の体調によっては餃子ではなくバナナと答えてしまうかもしれない。そのくらい好きだ。なので家にはほぼいつもバナナがある。残り2本くらいになると次のを買う。バナナは基本的に途切れず家にある。僕はそこそこ重度のチェーンバナナーと言ってもいいかもしれない。ちなみに僕以外の家族は滅多なことがない限り食べない。テーブルの上のバナナのことを、食べ物として見ていない節がある。不思議だ。あんなにおいしいのに。
 そしてこの話の流れで言うのもなんだが、バナナってやっぱりちんこを連想しやすい形状をしていて、そこがまた僕は愛しい。お店でひと袋いくらのバナナを選ぶとき、なるべく大きなものを求める理由は、ただたくさん食べたいからだけでなく、やっぱりそっちの要素も入っているだろうと思う。20センチにも迫ろうかという立派なバナナを買うとき、なんとなく男として誇らしい気持ちになる(逆に若い女の子は買いづらかろう)。
 そんな大好きバナナについて、先日ある雑誌を眺めていたら、バナナの成分が前立腺肥大の抑制に効果があることが発見された、という話が紹介されていて、血糖値でもなく血圧でもなく前立腺に効果を発揮するところに、バナナの律義さがあると思った。さらにはその成分名というと、ここまで来るともはや確信犯ではないかという気もするが、「バナチン」だそうなので、そのことに思いを馳せるとますますバナナ愛は募る。

 筋トレを続けているのだが、筋肉がつかない。あんなにせっせとやってるのにおかしいじゃないか、と感じていたが、実はぜんぜんおかしなことではないらしい。筋肉は2ヶ月程度では目に見えてついたりしないのだそうだ。でも筋肉が見た目的に変化なくても、毎晩ビールを飲んだり頻繁にカップ麺を食べたりしなくなったのだから、それなりに身体は締まったろう、という話なのだが、なんだかそれも変化に乏しい。あんな生活をしていても僕は不思議と太らずいたわけで、そのぶん摂生を始めても効果を得にくいのだった。
 先日、そうは言っても力を使うようになったのだし、と思い、ファルマンに久々に腕相撲対決を申し込んだ。これまではとにかく歯が立たない感じだったけど、ちょっとは俺の上腕二頭筋も永い眠りから目を覚ましはじめたのではないか、と。それで手のひらを組んでみたら、腕相撲って力を入れはじめる前、この手を組んだ瞬間に、勝てる勝てないってすぐ判りますよね。あ、絶対に勝てない、これ絶対にすごい力が出る人の腕、というのがすぐ判る。もちろん負けた。往時と今とで、負け方になんの変化もなかった。「え、力入れてるの?」とまた言われた。怖い。俺の弱さも怖いが、妻の割れてる力こぶが怖い。肩にちっちゃいジープのせてんのかよ。

 小学校高学年から中学時代にかけてウィンドウズ95やポケベルやPHSが普及してきた世代である我々に対して、10年くらい前、「これからの若者は物心ついたときから当り前にそれらがあった脅威のデジタルネイティブ世代だ」という話があったけど、そこがちょうどゆとり教育と重なったせいなのかなんなのか、10年くらい前に高校生とか大学生だった世代って、蓋を開けてみたらそれほど脅威の感じはなかったと思う。たぶん唱えるほうに、「脅威のデジタルネイティブ世代」というフレーズを言いたい前のめり感があったのだと思う。物心ついたときからデジタル機器があったと言ったって所詮それはガラケーだったり、ネットの主流文化もブログだったりしたわけで、まだ彼らは我々(昭和世代ということになるか)と地続きだった。真の「脅威のデジタルネイティブ世代」は、そのさらに下の世代なのだと思う。いま20歳前後以下の世代。あいつらは本物だ。もはや人類の質が違う気がする。IT革命前と後の人類で、うっすら種族が違う気さえする。「夜明け前」のような分断がここにはあるのではないかと思う。