2025年4月3日木曜日

侍タイ・エイプリルフール・おばぁ

 映画「侍タイムスリッパ―」がPrime Videoに出たので、ファルマンと観た。噂どおり、とてもおもしろかった。盤石ではない態勢の中、監督ががんばって作って、公開後に評判を呼び、どんどん上映館が増えていった、というストーリーがあるようで、観ていて、なるほどそういう境遇でこの映画は作られたのだな、という情熱を感じ取った。映画に限らず、もといクリエイティブ関係に限らず、ありとあらゆる、作られるものの価値というのは、どれだけ情熱をもって作られたかなのだな、ということを最近しみじみと思うのだけど、この映画を観て改めてそれを実感した。
 知っている俳優がひとりもいないというのも新鮮な経験で、あのドラマに出てた人だな、とか、あの番組でダウンタウンと絡んでたな、などという雑念が一切生じず、物語に没頭できてよかった。ぜんぜん知らない人たちだけだと、その役をやっているその人しか知らないので、ワンチャン本当にそういう人なのかもしれない、という気持ちになるのだった。ファルマンにそう言ったら、「私は人の顔を覚えないから、いつだってそういう気持ちでドラマを観てる」と言われ、それは人生が愉しいかもしれないな、と本心から思った。

 エイプリルフールで、今年も企業がジョーク企画をやって、失敗したりしていた。中でもいちばん失敗したのは、持ち帰り弁当のほっかほっか亭で、価格高騰によって米が確保できなくなり、今後はおかずだけの販売になります、みたいなジョークを発表したところ、さすがに時勢的に笑えない、不謹慎だ、などと叩かれ、謝罪していた。
 毎年こうやってジョークのあんばいを失敗して怒られる企業があるけれど、別に絶対にやらなければいけないわけでもない企画に自主的に参加して、自主的に参加するということは自信があるからなのに、それでいて外して、謝罪までしなければならなくなるという、このかっこ悪さたるや、すさまじいものがある。ウケると思っていたのにマジ叱られ、という部分に、共感性羞恥が刺激され、自身の嫌な思い出までよみがえってきたりする。
 そもそもエイプリルフール企画って、もうぜんぜんおもしろくないと思う。怒られないやつも、おもしろいかと言えば別におもしろくなくて、それはもはや、この体制叩き体質の世の中において、「不謹慎ではないという看過」をいただいているだけであり、つまり手を出したところで、ゼロかマイナスしか得られないのだ。百害あって一利なし。ならば参加しないのがいちばん賢い。
 こんなことを言うと、現代はエイプリルフールを愉しむ心の余裕さえ失ってしまったのだな、などと嘆く輩がいるかもしれない。そういうことではない。流行語大賞もそうであるように、大衆が、遍く共有する趣向というものが、存在しなくなったのだと思う。

 「マツコの知らない世界」で40代50代の婚活事情を特集していて、おそるおそる観た。なかなかすさまじい内容だった。結婚とか、出産とか、子育てとか、話がセンシティブすぎて、迂闊に発言ができないけれど、そういったややこしいことを考えていると、僕の頭の中に、沖縄のおばぁがポンッと現れ、そのおばぁはなんでも分かってるような顔で、こんなことを言うのだった。
「腰を振ればいいさぁ」
 僕が「まあとにかく腰を振ればいいんだよ」と言ったら、それはフジテレビ的な、野卑な男性主義になってしまってよろしくないけれど、同じ内容でも沖縄のおばぁなら許されるんじゃないかな、と思う。そういう考えから誕生した、イマジナリーおばぁなのだと思う。
 イマジナリーおばぁに怖いものなどない。
「とりあえずキープしとけばいいさぁ」
「はじめ痛くても、すぐによくなってくるさぁ」
「外に出せばなんくるないさぁ」
 次々に繰り出される最低発言。でも大丈夫。沖縄のおばぁだから。そういうvtuberとしてデビューしようかな。もういるかな。

2025年3月27日木曜日

散髪・クルーズ船・手書き

 先日、ファルマンに髪を切ってもらった。「今年の夏はポニーテール!」と宣言していたが(2月12日付)、1ヶ月半であえなくギブアップとなったのだった。
 なんか我ながら、なんど同じことを繰り返すのか、と思う。過去のhophophopの記事を読み返していると、髪の話題がやけに多く、そしてそれは結局、「伸ばそうと思うぜ!」「やっぱり切った」「伸ばそうと思うぜ!」「やっぱり切った」の繰り返しで、まったく成長がない。読者として飽き飽きだ。そろそろ僕は達観するべきなのだ。顔的に長髪は無理なんだということを。
 髪をある程度伸ばして、そして急に嫌気が差して切ってもらったときのいつもの反動のパターンで、いまはとても短くなっている。そして短くしたら、金髪と黒髪がいよいよ比率的におかしなことになったので、併せて脱色もしてもらい、これも含めて一連のいつものパターンなのだった。
 これがまたやがて伸び、伸ばそうとして、プリンになって、やがて伸ばすのをあきらめ、切り、そして脱色する。どうやら僕はこのサイクルをずっと続けるようだ。経験を重ねたことで、それが巨視的に察せられるようになった。散髪について、「2ヶ月にいちど行きつけの床屋に行って伸びた分をリセットってつまらなすぎるだろ」ということを少し前に書いたが、僕も結局、それよりもうちょっとスパンが長く、さらにはその最中に(無駄な)懊悩があるというだけで、なんら変わらないのだと気づいた。まるで火の鳥が生命の誕生と滅亡を見つめるように、僕は淡々とそれを受け入れはじめた。

 相変わらずグラビアを眺めているのだが、いまの僕の愉しみ方としては、ある特定の女の子に入れ込んで、彼女と海デートに来た気分をしみじみと味わったりするのではなく、さまざまな画像を次々に表示させ、いろんな女の子が、いろんな場所で、いろんな面積の小さい布を身に着け、代わる代わる、とにかくこっちに向かって微笑みかけてくるさまに陶酔するという、いかにもネット時代の、誠意のかけらもないものなのだけど、でもこの姿勢に関して、ストーリー性がまるでないかといえばそんなことはなく、僕と、いろんな面積の小さい布を身に着けた無数の女の子たちというのは、超巨大なクルーズ船で航海をしている最中で、僕がクルーズ船のいろんな場所を歩き回れば、行く場所行く場所に、いろんな面積の小さい布を身に着けた女の子が待ち受けていて、彼女たちは押し並べて僕に気に入られようと、さまざまな趣向を凝らし、ポーズを決め、表情を作り、セックスアピールをしてくるのだ。そういう確固たるストーリーを編みながら、日夜グラビアを眺めている。いいなあ、そんな夢のようなクルーズ船が本当にあったらいいなあと、16歳男子のようなことを本気で思ったりするけれど、しかしまああれですよね、要するにこの、宇宙船地球号がそれってことですよね。不純物が多量に混ざってしまっていますけどね。

 手書きブログ『BYAPEN』がずっと停滞していて、定期的に忸怩たる気持ちになるのだった。カードに手書きする日記は、僕の日記活動の始祖であり、それが蔑ろにされている状況は、なんとなく不義理を犯しているような罪悪感がある。なにより純粋にいつだって、文字を手書きしたい気持ちはあるのだ。日常では本当に手で文字を書かなくなってしまっているのだが、その行為の効用はよく知っているので、なるべくならやりたいと思っている。思っているのだが、なかなか踏ん切りがつかない。めんどくさいのである。
 そんなことに思いを馳せていて、あることを閃く。Twitterってあるじゃないですか。もといあったじゃないですか。いまなんになったんでしたっけ。Hとかでしたっけ。あれって要するにブログがめんどくさい人にウケて隆盛したわけですよね。じゃあ手書き日記もそんな感じのスタイルで、本当に頭にパッと思い浮かんだことを、ちゃちゃっと書きつけたものを、写真で撮ってすぐにアップ、みたいな感じでやればいいんじゃないか、と。
 そのように考えたので、たぶん近日中に、『BYAPEN』は生まれ変わって、新しい様式のブログになると思う。……え? あ、はい。ブログです。もちろんBloggerです。Bloggerで、Twitterみたいな理念の手書きメモ公開日記みたいな、そんなのをやろうと思う。
 今日いちにち、そのブログのタイトルについて思案して、結論として『Twitter』はどうか、と思った。Twitterというタイトルのブログである。タイトルで検索しても絶対に辿り着けないブログ。でもそれはさすがにいろいろ問題がありそうというか、そもそも規約的にNGのような気もするので、ならばということで、こういうものを考えた。

 『Twi(cut/naughty/ya)tter』

 読み方は、「ツイカットナッテヤッター」。ほら、氷河期世代って、Twitter世代であると同時に、ついカッとなってやっちゃう世代じゃないですか。う、うまい! ちなみにnaughtyは「わんぱく」という意味です。ぴったり。

2025年3月19日水曜日

老褒められ・財前くん・樹脂粘土と折り紙

 先日スーパーのパン売り場で、どれを買うか悩んで棚を眺めていたところ、「ねえ」と後ろから声を掛けられる。振り返ると80歳前後あたりの、品のいい老婦人である。もちろん知らない人だ。老婦人は僕のほうをじっと見つめ、感嘆するようにこう言ったのだった。
「とっても素敵ね。コーディネートが。すごいわ」
 去年の秋口にプールの更衣室でじいさんに腹筋を褒められて以来の、年寄りに褒められるシリーズ。裸も褒められるが、服を着ていても褒められるのだ。なんだ僕は。そしてなんで年寄りばっかりなんだ。島根県だからだろうか。
「えー、ありがとうございます」
 と、とりあえずお礼を言った。
 老婦人は、特に僕の提げているトートバッグに目をやっている様子があり、それはオリジナルのヒットくん生地トートバッグだったので、いちばん褒められがいのあるものであり、とても気分がよかった。minneでは結局いちども売れなかったけど、僕だけは何年もずっと使い続けていて、そして見るたびにたしかに「素敵」なのだった。刺さる人には刺さるのだ。
 ちなみにだが、この出来事があった翌日もまた、スーパーで買い物をしていたのだけど(毎日せっせとスーパーに行くことだ)、今度は売り場の60歳くらいの女性店員から、おもむろに「おしゃれですね」と声を掛けられ、2日連続の記録を作ったのだった。
 ファルマンにこのことを話したところ、少し反感を覚えたらしく、「普通の男の人はあなたみたいに異様に派手な色の服は着ないからね」と呆れたように言われた。知っている。大抵の大人の男は、黒、白、灰、紺、茶しか着ない。靴を左右で別の色にしない。

 Netflixに「白い巨塔」が出たので、喜んで観ている。実は放送時、観ていなかったのだ。ちなみにフジテレビの唐沢寿明ver.であり、確認したところ放送は2003年10月から2004年3月までだそう。僕は大学2年生で、ファルマンとは既に付き合っていた。そういう時期か。ファルマンは当時きちんと観ていたようで、そう言えばこれまでの人生において、伊武雅刀演じる鵜飼教授のモノマネを、ファルマンは何度か僕に向かってやっていた。しかし僕はドラマを観ていないものだから、鵜飼教授のモノマネではなく、伊武雅刀のモノマネとしてそれを受け止めていた。今回20年越しにドラマを観ることによって、初めてあのモノマネの情趣を理解することができるようになる。めでたい。
 「白い巨塔」は観なかったし、そのあとの「不毛地帯」も、途中から慌てて観はじめるという不まじめな視聴しかしていないので(ちなみにファルマンは「不毛地帯」からは遠藤憲一のモノマネを得意としている)、そのうちそちらも配信されたらいいなと思っている。
 あと、このタイミングで「白い巨塔」が配信開始したのは、フジテレビの不祥事がきっかけなのだろうか、まさかそんなことはあるまい、と頭では思いつつも、暮しに困窮して身体を売る的なイメージを思い浮かべてしまい、そうなるとどうしたって、コロナ禍のときの岡村隆史の発言なんかも思い出し、そうか、もしかしたら普段では考えられないクオリティーのものが下りてきているのかもしれないな、などと思ったりした。あの発言は本当にひどかった。たまにこうして蒸し返してやるのが道義というものだと思う。
 それはそれとして「白い巨塔」はなるほどおもしろい。2クールなので、たっぷりある。嬉しい。

 ピイガは前々からハンドメイド、もとい手仕事をよくやっているが、手芸、工作、スライムと来て、いまは樹脂粘土によるネイル製作に熱中している。こういうものである。


 こういう食品サンプルみたいなものを作って、


 なぜかこうする。もちろんこれで日常生活を送るわけではない。着けていたらなにもできない。じゃあなんなんだ、と言われるとよく分からない。たぶんYouTubeとかで観たんだろうと思う。やりすぎおもしろネイル、みたいな趣向か。
 ネイルうんぬんは別として、樹脂粘土での造形には目を瞠るものがある。すごく細かい。鮨にはネタにサシまで入っている。こんなん、めっちゃ愉しんでやってんだろうな、と思う。逆に言えば、作るのが愉しいと感じる人間でなければ絶対に作らないものなので、確実にプラスの感情で作られたものということが保証されており、そういう意味で、望まれて生まれた子的なハッピー感があるな、とも思う。
 そしてピイガのこれを眺めていて思ったのは、ピイガのこの嗜好というのは絶対に僕から来ていて、つまり僕とピイガには同じような衝動、湧き上がるものがあるわけだが、じゃあ僕はピイガの年齢の頃なにをしていたかと言えば、ひたすら、小さくカットした紙で鶴を折っていたわけで、そこになんとなく、忸怩たるもの、と言えなくもない、若干のやるせなさみたいなものがある。僕も子どもの頃、YouTubeとダイソーがあれば、同じようなことをしていたはずなのに、なかったものだから、折り紙だった。この、折り紙というのが、なんかもう、2000年代生まれの人間に対して1000年代生まれの人間というのは、源頼朝とか織田信長とかと同じ括り、みたいな、なんかそんな隔世の感がある。折り紙て。折り紙で、鶴て。そんなものがエンターテインメントだった時代が人類にはあったのです。私の幼少期はそんな時代でした。そんな頃に両親が離婚しました。

2025年3月14日金曜日

娘の成長・水着グラビア・鳥取

 ポルガが塾に通いはじめた。ポルガは相変わらずやけに勉強ができ、進学に関してもあまり心配ないそうなのだが、友達が通っているのと同じ所へ、自習室もあることだし、やや苦手な教科を中心に、この1年くらい念のため通っとくか、という感じで通うことになったのだった。
 それで先日、初めての受講があり、送迎をした。部活で遅い日のことなども勘案し、最終の枠で申し込んだので、だいぶ遅い時間である。ファルマンは、「送るのは私がやるから、迎えはお願い」と言うが、送りだって、よほどのことがない限り僕も帰宅している時間なので、基本的に両方とも僕がやろうと思っている。これは家族への点数稼ぎというわけではない。夜のお出掛け、ちょっとテンションが上がるからだ。それにスーパーも値下げをしているかもしれず、なんなら送迎の間、いったん帰宅することはせず、スーパー巡りをしてもいいかもしれないなどと考えている。
 初回は普通にいちど帰宅したあと迎えに行って、駐車場で10分ほど待った。待つ間、車内でスマホを眺めていて、僕はこういうとき、ゲームもしないし、特に見るサイトもないので、自分の過去の日記を読むのだけど、そのとき期せずして2018年7月の「RACCASE」なんかを目にしてしまい(「おばけ屋敷」と「あごのせ」)、そこに描かれた娘(小2と年中)のあどけなさ、いたいけさ、かわいさに衝撃を受け、またそれがちょうど、夜の深い時間に娘の学習塾の迎えで待っている、というシチュエーションで読んだものだから、いっそう感慨深く、なんだかふたたび例の、子育てが終わってしまう切なさとかに胸が焼かれる、あの感情に襲われてしまった。アンニュイ父。

 泳げていない反作用なのか、最近やけに水着のグラビア画像を眺めている。水着のグラビアって、ヌードやそれ以上の画像がいくらでも溢れているこの時代に、いったいなんの意義があるのかと、そう感じる時期もあるし、水着のグラビアでしか得られない栄養素が明確にあるな、と思う時期もある。いまは後者である。
 もっともプールに行けていない反作用と、冒頭でなんとなく言ったものの、もちろん通っているホームプールに、水着のグラビアに写っているような対象は存在しない。存在しないが、巡り巡って、なんかしらの作用で、プールで泳ぐことと、水着のグラビアは、補完し合う成分があるようである。
 ところでグラビアを眺めていて思ったのだけど、グラビアアイドルたちの着ている水着って、あれっていったいどういう販売体系、ビジネスモデルなのだろう。これまでの人生で、ああいう水着を着ている、グラビアアイドルではない実在の女性というものを、思えば本当に見たことがない。実在の女性は、もっと穏当な水着を着ている。そもそもが面積の大きな水着なのに、その上ラッシュガードを羽織っていたりする。プールだけの話ではない。真夏の海にだっていない。少なくとも山陰の日本海にはいない。
 でもこれは僕が世間知らずだからだろうか。太平洋側の、イメージだが茅ヶ崎とかには、実在するんだろうか。あるいは長島スパーランドのようなレジャープールであるとか、はたまたあの伝説の地と言われるラフテル、もといナイトプールなんかでは、みんなああいう三角ビキニみたいな水着を着ているのだろうか。
 実際そうでなければ、なんか本当に、グラビアアイドルが着ている三角ビキニって、グラビアアイドルの事務所以外、誰も買わないんじゃないかという気がして、だとすればそれってもう、ひとつの柄で、生地が取れる3枚だったり4枚だったりの枚数しか作らない(ましてや1枚は自分用)、僕のオリジナルスイムウェアと大差ないということになってしまう。まさかそんなはずないだろうとも思うが、いや、しかし、あんな水着の実在の女性なんて、とも思い、水着のグラビアを眺めては煩悶している41歳である。

 先日、会社の用事で鳥取まで行ってきた。車である。ひとりなので気楽ではあったが、いかんせん米子とかではなく鳥取県は鳥取市だったので、さすがに遠かった。16時前に向こうでの用件は終わり、あとは帰るだけというスケジュールだったので、出発前は少し色めき立ち、会社が高速代とガソリン代を出してくれるこの機会を利用して、ずっと行きたいと思っていた、米子にあるサウナ温泉施設ラピスパに行ってしまおうか、などと考えていた。しかしなにぶん平日のことであり、翌日の出勤のことを思えば、せっかくのラピスパもあまりゆっくり堪能できないし、なによりサウナのあとってわりと眠くなるからなあ、そのあと米子から家まで帰るのめちゃくちゃダルいなあ、などと考えて逡巡していた。そのあと、他にいい寄り道スポットはないかと模索し、倉吉市にある温水プールに目をつけた。なにしろもう1ヶ月半プールにありつけていないし、ホームプールの復旧時期に関して一切のアナウンスもないしで、とにかく水泳に飢えている身の上である。行ったことのない市営プールというのがまた、秋山竜二ではないけれどワクワクする感じもあり、米子のラピスパは長い人生、いつか行く機会がある気がするけれど、倉吉市の市民プールというものには、たぶん今回を逃せば二度と行くことはないだろうと考えると、これはもう行くのが天命だな、と思った。
 それで前日から、車に久しぶりにプールグッズ一式を載せて、会社の用件のことなどそっちのけで、「明日はプールだ!」と思いながら寝て、当日を迎えたのだけど、なにぶん鳥取市なので、朝がそれなりに早かったこともあり、目的地に着いた時点で、これで夕方まで用件のことをやって、それからまた同じ距離を帰らなければならない状況で、プールに寄り道、だと……? という心持ちになり、それでも夕方までには運転の疲れが癒え、せっかくだからやっぱりプール行っとこう、という気持ちになるかもしれないと期待したのだけど、残念ながら願いは届かず、とにかくとっとと帰りたいという思いから、倉吉市へは立ち寄らず、9号線をひたすら走って家路へと向かったのだった。しょうがないと思う。無理しないで正解。往復で5時間以上の運転をした人間は、普通に考えてプールで泳がない。ましてや翌日が普通に出勤であればなおさらだ。知らない街のプールなあ、行きたかったけどもなあ。

 

2025年3月2日日曜日

坊さん・猫背・おろち

 ファルマンが去年に亡くなったおばあさんの一周忌法要に行った。葬儀以降、四十九日も今回も、わが家からはファルマンだけの参加という形で済ませてもらっている。
 帰宅したファルマンは、こういうことのあとはたぶん誰でもそうなるものだと思うが、現行の方式について大いに義憤に駆られ、しばらくぼやいていた。すなわち、仏教および坊さんの、ボロい商売に関してである。田舎ということも大いに関係しているものと思われるが、坊さんの立ち位置というのはやけに高く、迎え入れる側はへりくだり、敬った扱いをしなければならないことになっている。おかしな話だ。こっちが依頼し、代金を払う側である。売り手と買い手は対等でなければならないという建前もあるけれど、そうは言っても往々にして買い手のほうが立場は上のものであろう。それだのに、こと仏教に関してはそれが完全に逆転している。なぜならそれは宗教であって商売ではないからだ、と反論するには、現代のそれはあまりにもただの商売すぎると思う。百歩譲って、坊さんが本当にストイックで、欲にまみれた現世から逸脱した存在であれば、まだ許せる気もする。しかし今日の、というかいつもその人なのだが、その坊さんは用意されたご馳走を気ままに食べ、場の誰よりも酒を飲んで愉しそうにしていたという。そして主催者である両親はもちろん、ファルマンをはじめとして参加者は、皆いくばくかの金銭を拠出しているわけだが、彼だけは逆に大金をもらって気持ちよく帰るのだ。こんな不条理があっていいのだろうか。ファルマンによると、今日の坊さんは袈裟の着方もだらしなくて、合わせから肌着が覗いていたのでイライラしたという。坊主憎けりゃヒートテックまで憎い。
 もっともこんな阿漕な商売が成り立つのも、せいぜいこの世代までだろう。仏教に限った話ではないが、氷河期世代はこんなことに絶対にお金を使わない。バカみたいな呪文を唱えて豪華な飯を喰って酒を飲むことだけしかできない無能者は、生活が立ち行かなくなり、元坊主による犯罪が社会問題化するだろうと思う。

 日々せっせと筋トレをしているので、ボディメイクと言うと少し面映ゆいけれど、まあ鏡で身体を眺めるじゃないですか。そうすると、ああちょっと胸筋が盛り上がってきたなあとか、こうやって力を入れると腹筋に線が出るじゃないかとか、いろいろ思ったりするのだけど、そのときどうしても目に入ってしまうのが、へその位置と、その7cmくらい上に走る、2本の線だ。思えばだいぶ昔からある。たぶんティーンの頃からある。太っているわけではないのだが、腹の肉というものは、どうしたってどこかで段になるものだろう。それがだいぶくっきりと、跡のようになってしまっているのだった。
 ネットで検索してみたところ、「猫背線」というのだそうで、ほうれい線などと較べて、とても親切なネーミングであると思った。名称が、その要因を説明してくれているのだ。こんなのだいぶ珍しいパターンなのではないかと思った。
 猫背ということに関しては、それはまあ弁明の余地はなく、それどころか僕の場合、「常に体が傾いている」といろんな人から指摘されるほどに、なんか姿勢はよくないのだ。それはもう子どもの頃からなので、仕方がないと半ばあきらめていたし、むしろ西野カナが「あなたの好きなところ」で唄ったように、「少し猫背な後ろ姿 すぐわかる歩き方」というやつで、俺の5億あるチャームポイントのひとつくらいに捉えていた。しかしここへ来て、根深い猫背線というコンプレックスへと結実してしまい、戸惑っている。
 猫背線の解消法は姿勢を良くすることだそうで、それを知って以来、少し意識しようとは思っているのだけど、しかし四半世紀も刻まれ続けた猫背線が、代謝も緩くなったであろうこの年齢になって、果たして解消する目算があるのかしら、とも思う。あとミシンやアイロンなどの手作業って、どうしたって前傾姿勢にならざるを得ないわけで、やはり無理ゲーなんじゃないのかな、とも思う。西野カナが猫背線のことを唄ってくれないだろうか。

 2月中は、降雪に加え、冬営業で20時閉館だったこともあり、結局おろち湯ったり館に行かずじまいだった。なにしろプールにありつけていないので、行きたい意欲はあるのだ。湯ったり館とはいちど別れたくせに、必要に迫られたら臆面もなくヨリを戻そうとする。我ながら都合のいい男だと思う。
 たぶんあと半月もすれば、閉ざされていた2階も開放されることだろう。桜の気配も強まるし、湯ったり館に行くには最適なシーズンがやってくる。
 というわけでホームページを久しぶりに開いたら、「料金改定のお知らせ」ということで、これまで520円だった一般料金が、4月からは600円になるという。去年のサウナマットの件から悪い知らせが続いていて、残念だな、とも思うが、今までが安すぎたし、時世的にも仕方ないよな、とも思う。もとい、サウナもプールもあって600円というのは、それでも世間よりだいぶ安いに違いない。出雲市佐田町にあった「ゆかり館」という温泉施設は、いちども行ったことがなかったけれど、休業が続いていた昨年、経営者がいなくなって施設が差し押さえられたそうで、別れた相手ではあるが、湯ったり館はどうかそんなことにはならず、いつまでも元気でいてほしいので、経営状況がうまいこといけばいいと切に思う。
 520円の間に、いちどくらい行こうと思っている。

2025年2月22日土曜日

ポルガショート・ティーン毛髪・スマ落と

 ポルガが美容院で髪を切った。
 これは一般的にはなんということもないことかもしれないが、わが家にとっては非常に大きな出来事である。ポルガが美容院で髪を切ったのは、これがたぶん人生で2度目。最初は小学校の卒業式を前に、祖母までを含めた周囲がさんざん説得したことで根負けして行ったのだった。しかしそのときの体験が本人的にだいぶ不快だったようで、そこからさらにこじらせて、とうとう今日まで来たという次第であった。そのためこれまでは、あまりに髪が伸び、乱れてくると、ファルマンがなだめすかして椅子に座らせ、なんとか見苦しい部分だけを素早く刈り取るという、そういう感じでやり過ごしてきたのだった。
 それがどうして唐突に、本人から美容院に行くと言い出したのかと言えば、どうやら学校の友達の美容院の話を聞いて、行ってもいいと思うほうに針が振れたという、それくらいの理由のようで、これは今に始まったことではないけれど、親がどれほど口を酸っぱくして言うより、友達による何の気なしの、特に「おすすめ」というわけでもない、ただのトークのほうが、よほど心を動かす効果があるようで、もちろん自分のことを顧みても、たしかにそうだった面はあるけれど、親というのは切ないものだな、としみじみと思った。
 しかしそれはさておき、プロの手で、「ただ伸び、手入れという概念もない」状態であった髪は、まさかあの内側にこんな鮮やかなものが隠されていたのかと驚くような、形のきれいなショートカットとなった。長かった髪が、ともすれば僕よりもコンパクトな短い髪になったというのに、印象としては大人っぽくなった。中学2年生も終盤であり、ポルガはここではっきりと、成長の階梯がひとつ上がったのだな、と思った。

 一方で僕はまだヘアスタイルに関する逡巡を続けている。そこに関して僕の意識はまだティーンなのかもしれない。
 先日お店でヘアカラーの棚を眺め、こんな色もいいかなと思ったりもしたのだけど、なにしろ現状の頭がツートンになっているため、染色をするためには、まずはブリーチで全体を均一にしたほうがいいよな、などと考え出すと、億劫だし、また頭皮へのダメージのことを思うと、なかなか踏ん切りがつかないのだった。間違えた、もっとティーンらしく言うべきだった。踏ん切りがつかないんだぜ!
 しかし黒髪の比率が高まってきたことで思い出したのだが、前髪が風圧などで分かれたとき、僕は遺伝的におでこが広いので、髪が黒いとおでことの境目が明瞭で、そしてそれがだいぶ上のほうまで続いているのが可視化されると、われながら鏡を見たときにぎょっとするので、それを避けるためにも、髪の毛の色は肌の色と若干まぎれるような、淡い色のほうがいいのだった。このおでこの広さに関しては、本当に誤解を受けやすいのだけど、昔からこうであり、進行しているという事実は一切ない。ファルマンは20歳の付き合いはじめの頃、僕のおでこの広さに少しびっくりしたそうだが、今現在、「でもあの頃とずっと変わんないよね」と言う。しかしそれは20年間一緒にいるファルマンだから証言できるのであって、それほど深い付き合いでない人にとっては、僕は「だいぶ後退が進行している人」ということになってしまう。それを避けるために、やはりヘアカラーは必須であると心得るのだった。間違えた。心得っぜ!

 不思議な出来事があった。
 労働の帰りにスーパーに寄って買い物をし、帰宅したら、スマホがなかった。車だろうと思い、駐車場に戻って車内を探すが、ない。ファルマンに電話を掛けてもらうが、家でも車でも振動している音は一切聴こえない。これはスーパーで落としたな、となって、スーパーに電話をするが、自動音声になってしまう。しかしまだ営業時間中なので、仕方なく再び店に戻り、店員に訊ねた。日本の治安を信頼しているので、てっきりこれで解決だろうと思ったが、返事は「届いてません」。マジかー、となり、見つかった場合の連絡先としてファルマンの電話番号を伝え、店を後にする。それから先ほど駐車したあたりの地べたなどを探すが(他の車も多数ある中で車体の下を覗いたりする行為はなんとなくびくびくした)、もう暗いこともあり、見つけられない。仕方なくそのまま家に帰るよりほかなかった。「見つからなかった」と伝えると、ファルマンは「えー」と戸惑ったあと、「たしかGoogleでパソコンと繋がってるんなら、スマホの位置が分かるんじゃなかったかな」と言い出し、僕のパソコンを起動すると、その操作をしてくれる。すると本当に僕のスマホの現在地というものが表示され、それによるとその位置は、あのスーパーから大きな道を挟んだ反対側の別のお店の脇の歩道のあたり、ということであった。この日の帰りにはあのスーパーにしか寄っていないので、そんなはずないだろう、GPSの機能はすごいが、しかし少々の誤差はあるようだ、これはやはりスーパーの駐車場に落とし、まだそこにあるということだろうと判断し、仕方なくみたび、スーパーへと車を走らせた。今回はファルマンのスマホを借りてきていて、駐車場に着いたところでポルガのスマホに連絡した。Googleの機能には、位置情報のほか、「音を鳴らす」というのがあるそうなので、それをやってもらう。しかしなにも鳴らない。そもそも音がどういう音なのかも分らず、蚊の鳴くような音であれば、屋外では聞き取れないだろう。なかなかの絶望感だった。なにしろ、暗く、寒く、さらには雪混じりの雨だ。最悪だ。スマホを落としただけなのに! もう若干やけくそな気持ちになり、そんなはずがない、大きな道路を挟んだ反対側の、GPSではそこに落ちているとされるほうへも行ってみる。こんなところにあるはずもないのに。ファルマンのスマホを持つ手は凍りつきそうで、いよいよつらい。意味が分からん、ああめんどい、新しいスマホを買ったり、データをどうにかしたりするの、マジでめんどい……と項垂れていたところへ、ピッピー!ピッピー!と、あまり聞き慣れない音が鳴っていることに気付いた。大きな道路沿いなので、しばらくそれが自分に関係のある音だと認識できなかった。音の大きくなるほうに進み、地面に目を走らせると……あった! 暗い中、ダークグリーンのスマホケースの背面を向いていて、音がなければ絶対に気付けないような感じで、ガードレールの根元らへんに、僕のスマホはポツンと落ちていた。拾って、起動させると、スマホはなんだか「平然」としていた。嘘だろ、と思った。スーパーの駐車場からこの位置へ、第三者の恣意なく移動するはずがない。「すごくおそろしかったですよ~、ご主人さま~」と泣きつくのが正しいだろう。お前はなぜ平然としているのか、と思った。
 なにはともあれ、無事に戻ってきてよかった。壊れてもいなければ、SDやSIMをどうにかされた様子もない。ただ、移動していた。不思議である。こういうことかな、と思うのは、悪意というほどでもなく、お、スマホ落ちとるやん、なんか使えるんちゃう、と拾った人間が、ファルマンのスマホからの繰り返しの着信表示を目にし、そこでやっと厄介さに思い至り、その場に棄てたという、そんなパターンだ。ちょうどそんな距離である。証拠隠滅のために側溝などに棄てられていたらおしまいだった。これは不幸中の幸いである。そしてとにかく、Googleが尊い、とも思った。Googleのふたつの機能がなければ完全にお手上げだった。夜が明けて明るくなり、もしも通行人が警察なりに届けてくれたとしても、短時間だったからスマホは「平然」としていたのであり、ひと晩あの雨雪に晒されれば、さすがに息の根が止まっていたのではないかとも思う。Googleに足を向けて寝られない。一生かしずいて生きようと思う。みんなBloggerやりなよ、と宣伝もしたい。GoogleがBloggerを宣伝してもらって喜ぶのかどうかは知らないけれど。

2025年2月12日水曜日

髪の企て・集団Tシャツ・哀しい色やね


 思えば髪型が安定しない系男子である。形そのものは、「なんとなく丸い感じ」というのが通底しているが、その長さや色が、いつまでも固定しない。行きつけの理容店がないというのも要因かもしれない。世の中の男性は、2ヶ月にいちどそこに行くと、「いつもの」という注文で、それまでの2ヶ月分がリセットされるという、そういう仕組みになっているようで、楽でいいなあと思うと同時に、そんなのめちゃくちゃつまらないな、とも思う。
 いまの僕は、たしか晩秋くらいに脱色をし、それっきりなので、プリンを超えて逆ポッキーくらいの感じになっている。表面は金だが、少しかき上げれば中はほぼ黒い。長さは、少し前までわりと長かったが、毛先が見苦しい感じになったので、ファルマンに全体を梳いてもらうのと一緒に、その部分のカットを頼んだことにより、短くも長くもなく、「普通」である。
 それでこれからどうするつもりなのかと言うと、あくまで現時点での気分だが、ここでひとつ、本腰を入れて髪を伸ばしてみようかと考えている。乱れた毛先を切ったのもその布石だ。「髪を切らない」という考え方で、ただ伸ばしても、どうやら長髪というものは成立しない。41歳になり、何度か失敗を繰り返したことで、ようやくそのことに気付いた。長髪を成立させるためには、髪をいたわり、世話してやる必要がある。長くて、荒れている髪は、目も当てられない。長い髪は、きれいでなければ成り立たないのだ。
 そのため先日から、ヘアケア的なことを心掛けて暮している。ドライヤーも温風のあと冷風で仕上げているし、就寝時はヘアキャップを被っている。ヘアブラシも、豚の毛のものを使いはじめた(ネットで検索したところ、豚の毛がいいということなので、ファルマンに「買ってもいいか」と訊ねたところ、「豚の毛のブラシならある」と言って、引き出しの奥から出してくれた。なにかの折に人からプレゼントされたらしいが、本人が使っている姿はいちども見たことがない)。
 まだそこまでの変化は見て取れないが、これから髪が長くなってきたとき、今度こそ金谷英美(「ガラスの仮面」でマヤとともにヘレンケラーオーディションを受けたごつい少女)のようにならず、サラサラのきれいな感じになったらいいと思う。今年の夏は俺、ポニーテールで過そうと思うよ。

 まだ多少気が早いのだけど、Tシャツのことに思いを馳せている。所持しているTシャツが、わりとベテラン揃いになってきていて、くたびれもそうなのだけど、だいぶ飽きが来ているので、今年はちょっと新物を仕入れたいな、と考えている。
 それでいま目をつけているのが、クラT的な、特定の集団によるオリジナルのプリントが施されたTシャツだ。僕自身はそういうのに縁のない半生を送ってきて、そういうのを作ってみんなで着るような集団に実際に属したいと思ったこともないけれど、その集団が、実際には僕が所属していない、もちろんTシャツが実在するということは実在するのだけど、僕にとっては架空も同然というような、縁のない集団であれば、そのオリジナルデザインTシャツを着るというのも一興なのではないかな、と思ったのだった。この嗜好は前からあって、クラTならぬクラショーを自作したこともあった
 というわけで先日から、フリマサイトでその手のTシャツを探している。ところがなかなか思ったようなものが出てこない。クラス全員のファーストネームが列記されているようなものがいいのだけど、そういうのはさすがにあまり出品されないようだ。部活のTシャツというのはそれなりにあるが、やはり体育会系が多く、そうなると素材がポリエステルなどのスポーツニットになってしまうので、それも意にそぐわない。
 まだ夏まで間があるので、気長に探そうと思う。

 三女がコツコツと実家の整理をしていて、巣立っていった姉たちが置きっ放しにしているものなどを、勝手に捨てるわけにもいかないので、たまに渡してくるのだった。
 先日はそれで、ファルマンの小学校の卒業文集というものがわが家にやってきたので、ファルマン以外の家族3人で、大笑いしながら眺めた。内容は、作文と、全員が同じ項目に答える質問コーナー。作文ももちろんおもしろかったのだが、そちらは長いので割愛するとして、最もファルマンらしさが出ていたのが、質問コーナーの中の、「好きな色は?」という問いに対する答えだ。これはまあ、質問自体が、訊いてどうする、という性質のもので、他の子の回答を見ると、「あか」とか「くろ」などと書いてあり、それ以外どうしようもないわけだが、それにしたってあまりにつまらない設問なのだった。
 でも卒業生の中にひとりだけ、本当にひとりだけ、この質問に対し、「おもしろく」答えていた児童がいたんですね。誰もがボケようがないとあきらめていたお題に、その子だけがあざやかにボケてみせたのです。それがもちろん、われらがファルマン。
 小学6年生のファルマンはこう答えていた。
「海の色、空の色、草の色」
 さすがとしか言いようがない。信じられない。こんな華麗なシュート見たことない。われらがファンタジスタ、ファルマン。思い出して、一生笑えると思う。