2023年6月13日火曜日

マジック・灯油・パンツ!

 ファルマンがこのたび、googleのストレージの容量を増やす契約を結んだのだが、そうしたら特典で、あの「消しゴムマジックで消してやるのさ」でおなじみの消しゴムマジックが使えるようになったという。ちなみにファルマンはあのCMのフワちゃんのモノマネを前からめっちゃしていて、最近はもうハリウッドザコシショウばりに、誇張し過ぎて原型をとどめていないほどなのだが、そんなファルマンにとうとう本物の消しゴムマジックが与えられたのである。ということで喜び勇んで、「消しゴムマジックで消してやるのさ」をしようと思ったのだが、子どもたちを撮った写真の、背景に入り込んだ他人を消してみようとアルバムを探したところ、「……ない!」となった。背景に他人が入り込んだ写真が、アルバムにぜんぜんなかったのだった。消しゴムマジックを使うまでもなく、行政マジックによって、人口は十分に消失していたのだった。しゅんとなった。

 灯油が余っていた。灯油余り問題は、この2ヶ月弱、われわれ夫婦を悩ませていた。
『給油はガソリンと同時に、灯油も入れた。灯油缶は家にふたつあって、いま1缶は空になり、もう一方も残りが半分くらいという状態であり、かなり悩んだ。もしかしてもうこの半分ほどの残りで乗り切れるんじゃないのか、ここで1缶分の補充をしたら持て余すことになるんじゃないのか、と。しかしファルマンと協議した結果、まあ朝晩は寒いし買っておくか、という結論に至った。買ってしまえばやはり心強い。もしこのままどんどん暖かくなり、持て余したとしても、この時点での安心を買ったのだと思えば損はないと思った。』
 「おこめとおふろ」にこの記述がなされたのが、3月5日のこと。それ以降さすがに買い足すことはしていないはずなので、このときのものがずっと残っていた。今年はやけに見誤った。言い訳するならば、春先、住んでいるコーポの外壁塗装工事があり、エアコンが使用不可だったというのも、灯油との関係が断ち切れなかった原因のひとつだと思う。
 5月になっても余っていた灯油を使い切るべく、少し肌寒い朝などに積極的にストーブを稼働させたりしたが、どうもストーブとしてももはや気合が入らないらしく、冬場はあれほどすぐに給油を呼び掛けてきたくせに、ほぼ燃焼していないようで、いつまでもタンクは空にならないのだった。
 そしてとうとう6月に突入し、ストーブの横に扇風機が並ぶという、珍奇な風景がリビングに展開された。これはもういよいよダメだろうと、使用するのは諦め、どうにか処分するしかないだろうと観念し、検索したところ、とあるガソリンスタンドで回収してくれるという情報を見つけ、電話で確認した結果オッケーとのことだったので、持っていった。そうしたら、ピットの奥に巨大なオイルポットのようなものがあり、そこに注ぐというシステムだった。ガソリンスタンドでは、なんかしらの作業に使用できるのだろうか。それならいい。わが家で3ヶ月以上くすぶった灯油も浮かばれるというものだ。
 長らく懸案事項だった灯油が片付き、部屋も心もとてもすっきりした。来年はこんなことにならないよう立ち回りたいが、まあ余らしてもこの手段があるのだな、という経験則を得た。

 とにかく明るい安村がイギリスのオーディション番組で大ブレイクしたというニュースに触れ、とても喜ばしい気持ちになった。
 しかしこの番組の映像を見てひとつ思ったこととして、安村がポーズを取ったあと、「安心してください、穿いてますよ」の英語ver.として、「Don’t worry, I’m wearing」と言うと、向こうの審査員の女が言い出したらしい、「パンツ!」というコールをする、という流れがあるのだけど、向こうの人って、安村が穿いている、いわゆる下着としてのあれを、なんだ、パンツって言うんじゃんか。
 なんかほら、向こうの人が言うパンツって、われわれがズボンと呼んでいるものを指すのだとか、たぶん四半世紀前くらいから急に言われ出して、ズボンという表現はダサく、死語であり、これはパンツ(イントネーションは尻上がり)であるという、なんかそういう風潮があっただろう。でもなかなか定着せず、「パンツ」で商品検索すると、ズボンと下着、両方同じくらい出てくるという、にっちもさっちもいかない状況が、日本ではずっと続いていたじゃないか。
 でもこのたび結論が出た。下着がパンツでいいのだ。だから、パンツはやっぱり下着なので、ズボンはズボンと呼べばいいのだ。向こうの人たちがなんと呼んでいるのかは分からない。ズボンでないことは確かだ。ズボンは、脚をズボンと入れるからズボンなのである。なんと愛らしい語源であろう。堂々と使っていきたい。

2023年6月3日土曜日

サギ・暦・よそ者

 仕事の帰り道、田園地帯なのだが、その中の1枚の田んぼが、白かった。運転中でメガネを掛けていたため、なぜ白いのかはすぐに判った。サギなのだった。
 サギって日常の中で相対するにはちょっと大きすぎる生き物だと思う。倉敷時代も、家のすぐそばを用水路が通っていたためか、ゴミを捨てる際など、ちょっともう会釈くらいしたほうがいいのかな、というくらい至近距離に、1メートルを超える大きさのサギが平然と立っていたりした(体が大きいためかスズメなどのように臆病ではないようで、逃げないのだ)。横浜や練馬の暮しにそれは登場しなかったので、田舎暮しが長くなった今でも、見るたびに驚く。このあたりの部分に、先天的田舎民か後天的田舎民かの差が出る。
 しかしそんな田舎のサギ事情でも、大抵の場合、ひとつの視界にサギは1羽である。サギは群れで生活するタイプの生き物ではない(おそらく)。たまに2羽、3羽くらいが端々にいて、視界の中に同時に収まることはあるけれど、せいぜいそのくらいだ。
 それが今回の目撃の場合、田んぼを埋め尽くすほど、つい先ごろ植えられたばかりの苗はまだまだか細く、張られた水の水面は暮れなずむ夕空と同じ色を浮かべていたが、その1枚の田んぼだけは、それよりも白い面積のほうが大きかった。
 50羽以上いたと思う。
 帰宅後の食卓で家族に向かってこの話をしたら、「なぜ写真を撮らなかったのだ」と責められた。たしかにその通りだ。撮ればよかった。話だけでは、父の語ったビッグフィッシュである。続けてファルマンに、「アップしたらバズったかもしれないよ」とも言われた。
 ちょうど先日、嘘か誠か知らないが、田んぼの持ち主に向かって、カエルの鳴き声がうるさいから対策を取ってくれ、という手紙があった、というツイートがバズっていた(たぶん現代の世相を反映させた風刺の創作だろうと思う)。田舎のカエルの鳴き声は、たしかにすごい(でも6月に入ってピークは超えた)。それに関してもしも対策を取るとするならば、それはもうサギの大量投与しかないだろうと思う。
 というより、水を張った田んぼにカエルの鳴き声が鳴り響くのも自然現象ならば、それがやがて落ち着き、落ち着いたと思ったらサギが気色悪いほど増殖しているのも自然現象で、対策というか、そういうサイクルだ。カエルの鳴き声対策にサギを大量投与することはできない。カエルを食べて、サギは数を増やすのだから。サギの体の大部分は、たぶんカエルでできている。ありとあらゆる生命はそうやって連綿と連なっているのですよ、猿田。

 先週「整理」で書いたように、150枚ほどあるショーツをひとつの大きなカゴに入れ、そこへ毎日ずぼっと手を差し入れ、指の先に遭った1枚をピックして穿くということをしているのだが、これがとてもおもしろい。これまでの恣意的に選ぶスタイルでは絶対に選ばなかったようなものも一切の忖度なく選ばれるので、毎日「おっ、こう来たか」みたいな新鮮な感動がある。唯一の不満は、140枚くらいある、フロントが1枚のガーリーライクショーツに対し、のび助ショーツは10枚ほどしかないため、ぜんぜん当たらない(今週はいちども当たらなかった)という点で、この制度を取る前の半月間ほどは、恣意的にのび助ショーツばかりを穿いていたため、久々のガーリーライクは、ちんこの置き場所というか、根源的な姿勢の違いみたいなものに、戸惑いがあった。ちんこを、こんなふうに下方に押し込むような感じにしてしまって、よくなくないの? と不安を抱いた。でもその違和感も1日ほどで薄れ、やっぱりこれはこれで魅力があるよなあ、と再認識したりした。そうでなければ140枚も作ったりしない。それでもこれからはバランスが良くなるよう、のび助ショーツを主体に数を増やしていこうと思う。そうしているうちに、やがてショーツの数はとうとう365に達するだろう。そうなればショーツは暦になる。ショーツが暦になるってなんだろう。俺が言って俺が分かんなかったらこの世の誰にも分かんないじゃんね。

 先日、ひそかにおろち湯ったり館へ行った。週末の夜であった。ホームページに、「週末は夕方にかけてたいへん混雑するためお待ちいただく場合がございます」と書いてあったので、どうなんだろうとおそるおそる行ったのだが、なんのことはない、蓋を開けてみたらプールなんて貸し切りだった。「夕方にかけて」ということなので、夜はピーク後ということか。たしかに田舎の夜は早い。お年寄りしか行かないような昔ながらのスーパーは、16時半くらいに刺身が半額になるのでびっくりする。サマータイムかな、と思ったりする。
 サウナはさすがに貸し切りではなかった。たぶん、毎晩来ているのだろう地元のメンツがいて、僕以外は誰もが顔見知りのようだった。雲南市に観光客ってひとりもいないのだろうか。土曜の晩だぞ。地元の人たちの会話は、それはもうえげつなく、今ここが日本でいちばん田舎臭いサウナじゃないかな、ということを思ったが、たぶん同率一位が日本中にたくさんあるだろうとも思った。
 田舎の、人が少ない割に、施設が充実している空間に、永遠のよそ者として存在できるのって、すごく恵まれているな、ある意味俺は透明人間として温泉に来ているな、もちろん入るのは男湯だけどな、などと思った夜だった。

2023年5月28日日曜日

整理・サプリ・市民プール万歳

 暑くなってきたので、布の整理をした。どういうことかと言えば、部屋のエアコンの前にタンスがあり、そのタンスの上に布を収納したカゴを積み重ねているため、このままだと冷房の風がカゴに直撃して、部屋が冷えなそうだったからだ。暖房はエアコンに頼らないので問題なかったが、冷房は如何ともし難いため、このタイミングで実行した次第である。去年の夏はどうしてたんだろうと思い返したら、去年はたぶん、今よりも布が少なかったので、そこまで積み重なってなかったんだと思う。でもあまりこのことに言及するとファルマンが憤怒するので、素知らぬふりをしていよう。
 これに合わせ、去年の末に紹介したように、これまでは作ったショーツを、コンパクトにたたんでぴったり10枚が収まる小ぶりのケースに詰め、それを積み重ねて使っていたのだけど、3棟くらいのタワーになったそれから、本当にその日の気分で穿くショーツを選ぶということはなかなかできず、どうしたって上のほうにあるケースから取り、それが洗濯から戻ってきたらまたそれを穿く、みたいな感じになってしまっていて、せっかく130枚ほどもあるのにぜんぜん有効に活用できていないということを切に感じていたため、この機にその仕組みも刷新した。すなわち、スーパーの買い物カゴほどもある大ぶりのカゴひとつに、たたんだショーツをすべて入れることにしたのだった。これまでの10枚ずつの収納では、微妙に色別やタイプ別で分類する気持ちがなくもなかったのだが、これからはそんな作業に煩わされることはない。選ぶときも、ショーツのプールの中に手を突っ込んで、その日の1枚を選べばいい。ショーツのプールという言葉がいいな。普通のプールももちろんいいけれど、ショーツのプールでも泳いでみたいものですね。

 サプリの止め時が分からない。何種類かのサプリを定期購入に設定し、日々せっせと服んでいるのだけど、果たして意味があるのかと疑う気持ちが沸々と湧き上がる瞬間がある。服み始めた直後は、なんとなくそれまでよりも体が楽になった感じがあったのに、2年くらいするとそれが普通になってしまい、この体の状態は自力のものであり、別にサプリなんか服まなくっても変わらないんじゃないか、と思えてくる。民衆とは勝手なものだ。しかし、じゃあ実際にやめるかと言われると、やめた瞬間に体の調子がガクガクッと崩れるのではないかという恐怖心があり、やめられない。だとすればこれはもはや一種の中毒ではないのか。そんな、自分の体が、サプリメントによって糊付けされてようやく人の形を保っているわけじゃあるまいし、とも思うが、なかなかやめる勇気は出ない。もうお守りのような感覚で、一生携えていくしかないのかもしれない。活力のお守り。活力のお守りって、もうだいぶスピリチュアルな感じがある。サプリメントマザーのご加護がありますように。

 前から存在は知っていて、気になっていた、「ロバート秋山の市民プール万歳」という番組が、プライムビデオに出た(気づかなかっただけで前からあったのかもしれない)ので、喜んで観ている。喜んで観ているのだが、コンセプトにはものすごく魅力を感じる一方で、回を進めるうちに、ロバート秋山自身も大いにそれを感じているように見受けられることとして、どんな街のどんなプールでも、泳ぐさまは一緒、という抗いようのない事実を突きつけられる。僕も3月に、わざわざ旅行先の倉敷で市民プールに行ったけれど、泳いでみて、うん、泳ぐという行為、水と自分との関係性というのは、結局どのプールでやっても同じだな、そりゃそうだよな、ということを思った。番組は回を重ねるごとに、秋山がプールで泳ぐ時間も距離もどんどん短くなり、ほぼ街ブラの様相を呈するようになってきた。別にいいんだけど。

2023年5月11日木曜日

昼顔・脱出・進路

 GWを利用してレンタルDVDで一気に観た「昼顔」の、映画版はamazonプライムにあったので、こちらも観た。すなわち、全てを観終えたのだった。映画版の結末は、実は観る前から知っていた。まだ僕が観る決意をしていなかった段階で、ファルマンが喋ったからだ。だいぶショッキングな内容なので、先に聞いていてよかったような気もするし、面白味として当然よくなかったような気もするし、どちらなのか判断がつかない。
 映画版は夏の海が舞台なのにトーンが暗く、つらかった。ドラマ版の吉瀬美智子と高畑淳子が恋しかった。あのふたりが物語を、背徳的なだけではない、エンターテインメントにしてくれていたのだな、と気付いた。
 全体を通しての感想としては、不倫はよくないと思った。小学生のような無邪気な感想。でもそれに尽きる。ノリコが怖い、ということをファルマンに向かって言ったら、「あれはあたいだよ。あたいもああなるから覚悟しなよ」とたしなめられたのだけど、ファルマンがハマり、DVDを借りに行かされ、「お前も観ろ」と言うから観た結果、なぜ僕がたしなめられなければならないのだろうかと思った。あまりに不条理ではないか。さらに言えば、この僕は、父が不倫して外に子どもを作って崩壊した家の子どもである。不倫のつらさ、周囲に与える迷惑は、ちゃんと知っております。小2の頃から、知って、いるんですよ……。

 宇宙関係が立て続けに失敗していた。H3が打ち上げを失敗し、イーロン・マスクのロケットも大爆発し、民間企業の宇宙船の月面着陸が失敗していた。
 それらのニュースを見ていて、「ああ失敗したんだ、難しいんだなー」と、どこか他人事で受け止めていたのだけど、それは当面のところ、地球がどうにかなってしまう予定がないからで、地球が例えば5年後や10年後に住めなくなってしまうとしたら、これらのニュースの絶望感って半端ないだろうな、と思った。つまり、「発射」というから危機感が湧かない。これを「脱出」にしたら、世間の宇宙開発への関心も一気に高まる気がする。
 あとこれを口にすると途端にトンデモ論者っぽく見られてしまうリスクがあるけれど、それでもなお言いたい、言わずにおれないこととして、アポロ11号は月に行っていないと思う。行って、さらには帰ってきたという。50年以上前に。いやいやいやいや。

 ポルガが中学生になり、部活にも入り、1年生なのでまだ本格的な体制にはなっていないのだけど、それでも部の予定表など見ると、土曜だったり、あまつさえ日曜日なんかも活動日になっていたりして、衝撃を受ける。衝撃を受けるが、考えてみたら自分も中学生の頃、バスケ部で、週末に練習試合とか大会とかに行っていた(ほとんど出場しなかったくせに)。中学生になって部活に入るとはそういうことだ、とは思いつつも、これまでの、週末は基本的に家族で、気候が良ければ公園に行ってお弁当を食べる、みたいな日々は、もうこれで終わってしまったのだと思うと、とても寂しい気持ちになる。たぶん、わが家は、やけにそういうことをするほうの家族だった。両親に、外の人間関係が皆無なので、余計にそうだったのだろうと思う。
 そして中学生になったということは、じきに進路などという話題も出てくるということだ。悲しい。もはや寂しいを通り越して、僕はそれがとても悲しい。わが子が、進路とか、そういうことに向かい合う。なんだそれ、と思う。いつまでも無垢で幼いままでいればいいものを。宮崎駿の心の叫びが、ひどく胸に沁みる。
 それは「ポニョ」のセリフだが、そうだ、僕はいま「魔女の宅急便」を観るべきかもしれない。たぶんすごく泣くと思う。想像しただけで泣けてくる。

2023年4月23日日曜日

髪染め・平井・12年

 予告通り、髪の毛を染める。やはり脱色しただけだと、脱色しただけだな、という感じの金茶色でしかないので、早急に入れないわけにはいかなかった。色は店頭で大いに悩んだ挙句、緑色っぽいアッシュみたいな、なんかそんなものを選んだ。せっかく脱色をしたのだから、栗色みたいな無難なものにするのももったいないよな、ということを思ったのだった。だから緑色と最後まで迷ったのは、ピンク色だった。結果的に、緑がかった金髪というか、くすんだ黄緑というか、だいぶ表現しづらい色合いの、なかなか悪くない感じになった。もっともカラー剤というものは、これから数日間で刻々と色が変化するので、最終的にどう落ち着くのかは分からない。とりあえず、髪もだんだん伸びてきて、形が自分の中で徐々に受け入れるようになってきたこともあり、なんとか挫けずに済みそうだ。よかった。先週の散髪後は、本当に挫けそうだった。

 鳥取県の平井知事が、今話題のChatGTPを、県の機関で使用することを禁止したという話の中で、映像で実際にそれを発しているところは見つけられないのだが、「ChatGTPに頼らず、ちゃんとじーみーちーにやっていくべき」みたいなことを言ったそうで、ChatGTPというものに関しては、当座のところ自分には無関係なのでなんの感情も持っていないのだが、ChatGTPそのものには思うところがなくても、ChatGTPで遊んで調子に乗ってる輩のことはもちろん忌々しく感じていたので、平井知事のこの、奴らの盛り上がりに冷や水を浴びせるような、腰が砕けそうになるダジャレは、とてもすばらしいと思った。そもそも「チャットジーティーピー」という、扱う人のことを考えていない、作った側の事情だろう一方的な名称が気に喰わなかった。いや、気に喰わずにいたのだ、ということをこのダジャレによって気づかされた。名称のイラっと感、そして持て囃す輩へのイラっと感が、「ちゃんとじーみーちー」というダジャレによって、見事に浄化された。尊い。もっとすさまじく褒められるべきなのに、そこまでこのフレーズが世間で取り沙汰されている感じがなくて、悔しい。年末までみんなで風化させずに守り続けようよ。

 2011年に、12年後にまた記事を投稿すると宣言した「KUCHIBASHI DIARY」に、このたび記事を投稿することができたのだった。とても感慨深かった。12年は、香港割譲の99年にも通ずる、事実上の永久、みたいな感覚があった。12年したら12年後が来るのは分かっていたが、あまりにもイメージすることができなくて、来ない気もしていた。来てみれば、12年後の僕は、住んでいる場所や職業こそ変わったが、人間そのものは、当時から別段変わっていることもなくて、なるほどそれは、ブログのトップ画面に、10個の最新記事が並ぶ中で、ひとつ前の記事と最新の記事の更新日時には12年の隔たりがあるという、ただそれだけのことだな、という感じがある。記事は同じように並ぶ。年月が隔たるだけである。なんか、そういうことだな、と思った。ちょっと取り組んだことが珍しいので、あまりこの感覚は理解してもらえないかもしれない。みなさんもやってみたらいい。12年後ブログ。12年かかるけど。

2023年4月18日火曜日

あまちゃん・髪・予報

 BSで「あまちゃん」の再放送が始まり、録画して観ている。おもしろい。放送が2013年だというので、ちょうど10年前ということになる。
 10年前の本放送時は第一次島根移住の頃で、3月で酒蔵の仕事を終え、4月からは洋服のお直し店に勤めていた。その勤務は午後からだったので、「あまちゃん」はちょうどその当時の生活リズムにマッチして、朝ふつうに観ることができたのだった。ドラマ自体が格別おもしろいのに加え、このドラマには個人的にそういう感慨もある。
 それにしても、10年後の今から見ると、震災のわずか2年後に、コメディタッチのこのようなドラマをやるなんてけっこう大胆だな、と思うのだが、当時はそんなことは思わなかった。丸2年は、その丸2年の当事者にとっては、大きい隔たりなのだ。しかし10年後の人間から見ると、2年なんて直後のように思えてしまう。僕の母は1954年生まれなのだが、僕は子どもの頃、母は戦後の生まれだと感じていた。しかし実は終戦から9年も経っているわけで、もちろん当時の空気感は分かりようもないが、たぶんあまり戦後という感じではない。これは大人になってからそう思うようになった。だから下手すれば1983年生まれの自分もまた、自分の子どもや、その子どもの目から見て、戦後の生まれのように思われてしまうかもしれない。なにしろ我々は、源頼朝などと同じ、1000年代生まれなのだから。

 散髪が失敗し、テンションが下がっている。救済策として脱色はしたものの、やはり形の気に入らなさは如何ともしがたく、鏡を見るたびに落ち込んでいる。何年間かにいちど、喉元を過ぎて熱さを忘れてしまうようで、短髪を求め、その似合わなさに絶望するはめになる。一生の大半を、丸っぽい、ちょいモサな髪型でやってきたのだから、僕の顔はもうその髪型に適合する仕様になっているのだ。忘れちゃダメじゃないか。
 鏡を見るたびにテンションが下がるんだ、ということをファルマンに嘆いたら、「あんたはこれまでそんなに自分のビジュアルが好きだったのか」と驚かれた。そう言われて改めて考えてみると、まあ好きなんだと思う。自己愛。ちょいモサの自分の愛しさ。
 ああ早く髪が伸びてほしい。
 そしてこの経験を通して、しみじみと思った。
 禿げたくない。

 帰省しないでいいGWに、心が躍っている。帰省しない代わりに何をするということもない。予定がないことが尊いのである。しかしずっと家や実家でダラダラというのもさすがに、ということでレジャー的な計画を立てた。予約申し込みをするタイプのレジャーである。その申し込みをするにあたり、日取りをどうするかファルマンと話し合う。タイミング的にこの日がいいだろうと決めたところ、ファルマンが天気予報を見て、「その日は雨の予報だ」と言ったのでびっくりした。GW、まだ半月後である。週間天気さえろくに当たらないのを何度も目の当たりにしてきたのに、半月後の天気予報を、見て、そしてそういうことを言ってくる。阿呆か、と思う。それでも予約は入れないといけないので、その日に入れた。もう天候は出たとこ勝負でしょうがない。しょうがないはずなのに、もしも当日が雨だった場合、半月後の、なんの信憑性もない天気予報を見て、「その日は雨らしいよ」と言った人が、たまたまの正解を振りかざして、「ほれ見たことか!」となることを思うと、すごく嫌な気持ちになる。嫌な想像を巡らせ、水を差しておく人、すなわち正常性バイアスの真逆を行く人って、卑怯だと思う。

2023年4月6日木曜日

ポルガと卒業式・甥と屈託・とんびと稲荷ずし

 帰省のどさくさできちんと書けなかったが、ポルガは小学校を卒業したのである。卒業式は、もちろん僕も出るつもりだったのだけど、あの4連休の前日の金曜日だったので、さすがに有休を取るのが気まずく、あきらめた。ちなみに卒業式のポルガの服装は、去年作った「礼服ワンピース」。読み返したらこの記事内でしっかりと予言していたが、本当に小学校の卒業式で着せることになった。「胸に華やかな飾りでもつければ」とも書いていたが、それはたぶん学校で紅白のロゼット的なものが配布されるだろうと予想し、ワンピースの上に、このために買ったライトグレーのニットカーディガンという、とてもシンプルな感じに仕上げた。当日の写真を見たら、クラスの集合写真において、女子の6割くらいが、色彩の暴力のような袴を着ていたので、うちの子の清楚さが際立っていた。それにしても小学校の卒業式は今、あんなことになっているのか。色味的に、どうもスタジオアリス界隈の気配を感じる。ハーフ成人式もいつの間にか浸透してきているし、あの業界というのはなかなか政治力があるようだと思った。僕は娘が手作りのワンピースで卒業式に出てくれて、とても嬉しかった。

 サッカーチームの合宿で前回会えなかった横浜の甥だが、実は今回もギリギリであり、われわれが帰ってすぐ、学校が春休みに入ったタイミングで、早々に合宿に出たという。前回はたしか北関東とかだったと思うが、今回の合宿先はイタリア。……へっ? という話だが、なんでも所属しているサッカーチームは、イタリアのチームの出先機関というか、あるいは提携しているんだか、詳しいことはよく知らないが、とにかく繋がりがあるため、そういうことをするらしい。ちなみに言っておくが、甥にすばらしいサッカーの才能があって見初められて、とか、そういうことでは一切ないそうである。もちろん普通にお金を払って参加するわけで、合宿というより、レクリエーションというか、子どもの人生経験&春休みの厄介払いみたいな意味合いが強そうだと感じた。
 つい先日、甥が無事に帰宅したとのことで、現地での映像が母から送られてきた。そこに映っていたのは、最終日、向こうのサッカーチームの少年たちとハグをして別れの挨拶をする甥の姿で、向こうのサッカーチームの少年たちは、白人も黒人もいて、同世代のはずなのに甥よりもはるかに身長が高く(甥は日本でも小さいほうだ)、それなのに甥はそれらとぜんぜん臆することなくやり取りをしていたので、なんだこいつマジで、と思った。
 なんで甥はこんなに屈託がないんだろう。僕の小学校5年生時代は、絶対にもっと屈託があった。屈託の塊と言ってもよかったと思う。甥の精神に、その母、すなわち姉のほう、つまりは僕を含むこちら側の一族の血は、一滴も入っていないのではないかと思う。こんなに屈託がない人間を、僕は他にひとりしか知らない。義兄だ。
 あんなにも屈託がない人間にとって、世界はどう見えるのだろう。屈託がない、人間関係で悩んだことがなさそうな人を見るたびに、初めてのセックスがさぞ早かったろうな、ということを思う。年頃になれば、狂おしいほど好きというわけでもない、それなりに仲よくしている女の子に向かって、「セックスってめっちゃ気持ちいいらしいから試してみねえ?」くらいの感じで、セックスを行なうのだろうと思う。そして50人も100人も相手にするのだろうと思う。もちろん義兄のその類の話など聞いたことはないが、そういうイメージを持っている。イメージというか、屈託を持っている。もはや屈託こそが僕のアイデンティティだ。
 甥の姿を見て、そんなことを思った、39歳の叔父であった。

 先日のおろち湯ったり館で、ベンチに全裸で横になるのがいつものことながら気持ちよかった、ということを書いたが、実はその際、青空に桜の花びらが舞うと同時に、とんびも旋回しており、目をつむって快楽を味わいながら、頭の片隅に、(もしもとんびが、俺のちんこを果実や小動物などと見間違えて喰いついてきたらどうしよう)という思いが去来して、少しゾクゾクした。この10日ほど前、鎌倉の由比ガ浜において昼ごはんを食べようとしたら、上空を何羽ものとんびが旋回する、という出来事があった。このときわれわれが食べようとしていたのは、奇しくも稲荷ずしであった。そうだ、稲荷ずしと見間違われるかもしれない、稲荷ずしとフランクフルトに見えてしまうかもしれないと思った。サウナ後の朦朧もあってかさらに思いは巡り、「おもひでぶぉろろぉぉん」で読んだ当時の文章に、「曾孫物語」というものがあり、これは今わの際の老人のもとに、遠方に住むはずの曾孫の少女たちが次々にやってきて、なぜか少女たちが老人の肉体に唇を寄せてくるのだが、それは実は生きながら鳥葬に処されている老人の最期に見た夢であった、というなんともいえないお話で、そのことも思い出した。そして、もしも食べ物に見間違われて外気浴中にとんびに啄まれたとしたら、それはそれでいいな、僕の最終的な将来の夢、性に関する象徴的な存在となり神社が建立されてほしい、の実現が一歩近づくかもしれないな、と思った。
 結果的に、とんびはやってこなかった。桜の花びらだけが亀頭に舞い落ちた。