先日金曜ロードショーで「となりのトトロ」をやっていて、もうトトロなんて何度も観ている録画だって持っているため、放送をリアルタイムで観ることはしなかったのだが、自分が子どもの頃、21時から放送が始まるアニメ映画(十中八九ジブリ)を、その日だけはテレビのある居間に布団を敷き、夏だったらクーラーを効かせ、放送を観ながらいつの間にか(どうしたって11時までは起きていられないので)寝入っている、というのをたまにやっていて、それは子ども時代のわりと心地よい記憶として残っているので、娘たちにもそのうちやってやろうかなー、なんてことを思った(もっともポルガは絶対に11時まで起きて観続けるだろう。そしてピイガは寝る)。
しかしそのまた数日後、今度は「ドラえもん のび太の新・日本誕生」をテレビでやっていて、新のほうはまだ観たことがなかったので、日中だったがこれはみんなで観た。物語の最後にタイムパトロール隊として現れるのが「T・Pぼん」のキャラクターだ、というのは知っていたので、家族にそんな情報を披露しつつ、わくわくしながら観ていた。途中まで。ドラえもんたちが日本に連れてきたヒカリ族を、ギガゾンビがまた攫っていってしまった、みたいなところまでは覚えている。その先の記憶がない。なぜかといえば、寝てしまったからだ。気づけばエンディングテーマとして、今回の放送は新映画のプロモーションなので、そのテーマ曲であるミスチルの曲が流れていた。最後にT・Pぼんのキャラクターが出てくるんだよ、とひけらかしておきながら、当人がそのシーンをぜんぜん見ることができなかった。
という、そんな出来事を通して気づいたのだけど、僕が大抵の映画の途中で寝てしまうのって、子どもの頃のあの映画の視聴のせいなのではないだろうか。映画を観ながら入眠するしあわせが刷り込まれてしまっていて、映画が流れはじめるともうその段階で体が寝る準備をしだすのかもしれない。そう考えると、あれ自体はいい思い出だが、僕の精神形成にだいぶ厄介な傷跡を残しているといえるかもしれない。子どもにやってやるのはやはりよしておこうと思った。
先日の模様替えで、居間に僕のパソコンがやってきたわけだが、居間にmyパソコンがあるとエロいものを見るにあたって不便ではないか、という懸念が各方面から上がってきているので、それにお答えしたいと思います。
案外だいじょうぶです。
居間にパソコンがあるといっても、廊下から居間に入るためのドアを開けたらディスプレイが丸見え、という位置関係ではない。なので問題ない。安心してください。
8月も終盤で、体も夏バテ気味で、低調だ。思えば梅雨が明けたのって、7月の本当の終わりごろ、ほぼ8月みたいなタイミングだったので、だとすれば本格的な夏って、まだ1ヶ月ほどしか味わっていないはずなのである。とてもそうとは思えない。もうずっと真夏の中に在る気がする。もしかして時空が歪んでいるんじゃないか。我々は本当はもう何万年も、この新型コロナ禍の夏に居続けているのではないか。どうもそんな気がしてならない。リセットされるたびに記憶はなくなるのだけど、しかし細胞レベルのどこかで蓄積されるものがあって、それがこの濃密に凝縮された異常なうんざり感をもたらしているのではないか。そんなことを思っていたら、このたび決定し発表となった、2025年大阪万博のロゴマークが、まさにそんな感じのイメージだったので、やっぱり、と思った。
2020年8月26日水曜日
2020年8月19日水曜日
暑さ・筋トレ・表情
暑すぎるだろう。今年は新型コロナのせいで話題がぼやけてしまっているけど、コロナなんかに気を取られている場合ではない。いまはひたすら暑さについて思いを馳せるべきだ。暑さにばかり囚われるとどんないいことがあるのか、といわれたら別にないのだが、なんていうんだろう、この状況で暑さ以外のことを気にするということは、すぐ隣にマイクロビキニの女がやってきたのにぜんぜん胸の谷間に目をやることもなく教科書を読み続けるみたいな、そんな行為ではないかと思う。ちょっと違うかもしれない。
夏の暑さは、数字の上でも明確にこの10年20年の高まりが現れているが、それと同時にこの10年20年というのは、ひたすらに老いてきた年月でもあり(人生のほとんどは老いることだと喝破した)、ただでさえ体がしんどくなってくるところへ、暑さのパワーまでもが高まるのだから、もはや今後の人生において夏が逆に楽になるという目は一切ない。体のしんどさと、夏の暑さは、比例関係にあるわけではないが、今後も間違いなくひたすら両者とも高まってゆく。関係性はないけど両者とも高まっていくなんて、まるで相互オナニーする男と女のようだ。だいぶ違うかもしれない。
筋トレをしようしようと思いつつ、なかなかままならない。朝おきた瞬間からわりと体がだるかったりするのに、なぜそこから筋トレの実行へとたどり着けよう。それでいて摂取のほうも、食欲がわかなくて量が減っているので、盛夏というのはもう、どうしようもない。筋肉は分解される。体重は減る。そういうものなのだと割り切るしかない。
思えば、筋トレへと人をいざなうコピーとして、「夏までに理想のカラダ!」みたいなものがよく見られる。つまり1年単位で考えたとき、「理想のカラダ!」というのは7月1日あたりの状態で、そこからの真夏の2ヶ月間で、できあがった「理想のカラダ!」は滅びの美学のごとく崩壊してゆき、暑さがやわらいだ頃にふたたび筋トレに励めるようになって、そしてまた約10ヶ月後に迎える夏に向けてひたすら研鑽を重ねる、という周期になっているのかもしれない。だとすれば夏の肉体とは、リオのカーニバルみたいな、その日のためにその日以外の1年をがんばって生きるみたいな、そういうものなのかもしれない。そのわりに、別に夏だからといって肉体を披露するような機会はなかった。もっとも、そもそもそれほどの仕上がりでもなかった。なるべく破壊を食い止めたい。
相変わらず友達がいなくて、その友達がいないということについては、3週間くらい前にやけに哀しくなった数日間があったのだけど、ここ数ヶ月においてそのときだけであり、概ね気にならない日々が送れている。そんなわけで、職場での会話というものさえなくなって、ひたすらファルマンとばかりしゃべる、逆にいえばファルマン以外としゃべらない日々というのが数十日間続いた今、なんとなく思うこととして、伴侶との会話って、相手がどういう声を出すか、どういう内容のことを話すか、といった点において、チューニングがきわめて高いレベルで合っているため、互いにコミュニケーションを取るのがめちゃくちゃ楽で、その楽さは、苦痛だったり不快だったりする雑多な会話の中の止まり木としてはとてもいいものに違いないのだけど、なにぶん我々はほぼその止まり木にしか身を置いていないために、これってきっと長く続けたら、天敵がいないものだからのほほんと暮していたオーストラリアの生きものが、開拓者の連れてきた犬や猫によって駆逐されたような、そんなことになるのではないかという懸念がある。あとメンタル以外にも、表情筋を使わないでいると顔の肉が支えられなくなって衰えて見えるという話を耳にして以来、フィジカル面のそちらの恐怖も抱き始めた。最近はそれの防止のために、なんでもないときに意識的に顔をクシャーッとさせて、顔の筋肉を動かすようにしている。しかし実際に他人としゃべっていた時代でも、そこまで表情豊かな動きはしていなかったはずで、ともすればもう現役当時を超えているかもしれない。他人とぜんぜんしゃべらないのに表情豊かだなんて、人間関係という荒波の丘サーファーのようだと思う。
夏の暑さは、数字の上でも明確にこの10年20年の高まりが現れているが、それと同時にこの10年20年というのは、ひたすらに老いてきた年月でもあり(人生のほとんどは老いることだと喝破した)、ただでさえ体がしんどくなってくるところへ、暑さのパワーまでもが高まるのだから、もはや今後の人生において夏が逆に楽になるという目は一切ない。体のしんどさと、夏の暑さは、比例関係にあるわけではないが、今後も間違いなくひたすら両者とも高まってゆく。関係性はないけど両者とも高まっていくなんて、まるで相互オナニーする男と女のようだ。だいぶ違うかもしれない。
筋トレをしようしようと思いつつ、なかなかままならない。朝おきた瞬間からわりと体がだるかったりするのに、なぜそこから筋トレの実行へとたどり着けよう。それでいて摂取のほうも、食欲がわかなくて量が減っているので、盛夏というのはもう、どうしようもない。筋肉は分解される。体重は減る。そういうものなのだと割り切るしかない。
思えば、筋トレへと人をいざなうコピーとして、「夏までに理想のカラダ!」みたいなものがよく見られる。つまり1年単位で考えたとき、「理想のカラダ!」というのは7月1日あたりの状態で、そこからの真夏の2ヶ月間で、できあがった「理想のカラダ!」は滅びの美学のごとく崩壊してゆき、暑さがやわらいだ頃にふたたび筋トレに励めるようになって、そしてまた約10ヶ月後に迎える夏に向けてひたすら研鑽を重ねる、という周期になっているのかもしれない。だとすれば夏の肉体とは、リオのカーニバルみたいな、その日のためにその日以外の1年をがんばって生きるみたいな、そういうものなのかもしれない。そのわりに、別に夏だからといって肉体を披露するような機会はなかった。もっとも、そもそもそれほどの仕上がりでもなかった。なるべく破壊を食い止めたい。
相変わらず友達がいなくて、その友達がいないということについては、3週間くらい前にやけに哀しくなった数日間があったのだけど、ここ数ヶ月においてそのときだけであり、概ね気にならない日々が送れている。そんなわけで、職場での会話というものさえなくなって、ひたすらファルマンとばかりしゃべる、逆にいえばファルマン以外としゃべらない日々というのが数十日間続いた今、なんとなく思うこととして、伴侶との会話って、相手がどういう声を出すか、どういう内容のことを話すか、といった点において、チューニングがきわめて高いレベルで合っているため、互いにコミュニケーションを取るのがめちゃくちゃ楽で、その楽さは、苦痛だったり不快だったりする雑多な会話の中の止まり木としてはとてもいいものに違いないのだけど、なにぶん我々はほぼその止まり木にしか身を置いていないために、これってきっと長く続けたら、天敵がいないものだからのほほんと暮していたオーストラリアの生きものが、開拓者の連れてきた犬や猫によって駆逐されたような、そんなことになるのではないかという懸念がある。あとメンタル以外にも、表情筋を使わないでいると顔の肉が支えられなくなって衰えて見えるという話を耳にして以来、フィジカル面のそちらの恐怖も抱き始めた。最近はそれの防止のために、なんでもないときに意識的に顔をクシャーッとさせて、顔の筋肉を動かすようにしている。しかし実際に他人としゃべっていた時代でも、そこまで表情豊かな動きはしていなかったはずで、ともすればもう現役当時を超えているかもしれない。他人とぜんぜんしゃべらないのに表情豊かだなんて、人間関係という荒波の丘サーファーのようだと思う。
2020年8月6日木曜日
精子・Poison・枕詞
精子は進むときドリルのように回転している、ということがこのほど明らかになったという。これまでは蛇みたいな、鰻みたいな、ああいう動きだと信じられてきて、僕もてっきりそうだと思っていたが、実際は回りながら進んでいるらしい。この永きにわたる勘違いには、精子の擬人化というか、擬生命化というのが要因としておそらくあって、我々はどうしても精子の姿を見て、「頭」や「尻尾」というふうに捉えてしまう。だからその動きに、形状の似た蛇や鰻のそれをイメージしてしまう。でも実はそれは間違いで、あれらは回転するのだ。上も下もなく、三半規管もない、どこまでも機能性だけのものなので、生きものにおいては考えられないような回転しながらの移動が可能なのだ。そして擬生命化に端を発する、精子に対するその間違った捉え方は、男尊女卑にも自ずと通じていたことだろう。顕微鏡が発明される前までは、精子は小さい人の形をしていると信じられていたそうだが、実際はそうじゃなくて頭と尻尾だけのおたまじゃくしみたいなやつだったんですよ、となったところで、実はそんなに違わない。だって結局のところそれは、「女の腹は畑」という考え方に繋がるからだ。生命の根源は男が持っていて、女は、それをどの場所で育てるかの違いでしかない、という考え方。知らず知らずのうちに当り前だと思い込んでしまっていた精子の擬生命化には、そんな傲慢さが根底にあった。反省しなければいけないと思う。
あと、精子は実は回転していたらしい、ということを、記事を読んでファルマンに向かって話したところ、「私はそれ知ってたよ」と即答してきたのだが、これはいったいどう捉えたらいいのだろう。精子の回転、いつ見たのか。いつ感じたのか。
お盆を前にして、GoToトラベルキャンペーンだの、自粛だの、ひっちゃかめっちゃかである。なにかと振り回され、うんざりする。そんなとき、世代的にどうしても思い浮かぶのが、「言いたいことも言えないこんな世の中じゃPoison」でおなじみの、反町隆史の「Poison」である。たぶん我々は、どうしようもない厄介な局面に身を置いたときには、死ぬまでこの歌のことを思い出すんだろうと思う。そう考えると偉大な歌だ。ファルマンとふたりで語り合っているときは、もはや一節を唄ったり「Poison」というタイトルを口に出したりする必要はない。「マジで反町だ」といっている。「反町」=「言いたいことも言えないこんな世の中じゃPoison」なのだ。でも最近は、「マジで反町だ」「反町だねー」のやりとりのあと、「Ah Forever Your Love~」と唄うのが流行りだ。あ、そっちなんだ? というボケ。てっきり新型コロナ対策に対する鬱憤で「Poison」なのかと思ったら、実はビーチボーイズ」のそっちのほうだったんだ、めっちゃ声低いやつだ、という。そこまででワンセット。夫婦の内輪受けの一連の流れ。
最近突如として始めたのだが、Twitterの勃鬼の短歌で、「オリジナル枕詞」というのをハッシュタグを付けてやっている。あの枕詞という、なんの意味もない、音数を合わすだけの言葉って、思い返すだに、「あってもなくても別にいいけど、俺たちが学ぶ必要はねえだろう」という感じなのだが(まあそんなこといったら文系の勉強のほとんどがそうなってしまうのだけど)、自分で好き勝手にやる分には愉しいのではないかと思った。学年題俳句よりはだいぶ小規模なオリジナル性なのだけど、気軽にできていい。ここ10日ほどの短歌はもっぱらこの趣向でやっている。
ここまで「乳重の→梅雨」「常濡れの→放課後」「抜きすさぶ→ナイトプール」「夢縫いの→陰嚢」「めめぬめる→女湯」「双子獅子→金玉」「ちんまんの→セックス」「花襞の→プリーツスカート」「爛転ぶ(らんまろぶ)→ビキニ」「べろつばき→フェラチオ」「天を突く→勃起」「てるつよし→亀頭」というのが出ている。すごく愉しい。なにしろ、法則性とか意味とか、特に考える必要がないのだ。雰囲気だけで勝手にやっていいのだ。こんなに楽な短歌技法はない。古典の時代の奴らも、さぞや半笑いで「たらちねのー」とかやっていたんだろうと思う。
これが100個くらい溜まったら、一覧表でも作ろうと思う。そしてパピロウ期末試験にここ出るからなー。夢縫いの陰嚢だからなー。ちゃんと覚えとけよー。
あと、精子は実は回転していたらしい、ということを、記事を読んでファルマンに向かって話したところ、「私はそれ知ってたよ」と即答してきたのだが、これはいったいどう捉えたらいいのだろう。精子の回転、いつ見たのか。いつ感じたのか。
お盆を前にして、GoToトラベルキャンペーンだの、自粛だの、ひっちゃかめっちゃかである。なにかと振り回され、うんざりする。そんなとき、世代的にどうしても思い浮かぶのが、「言いたいことも言えないこんな世の中じゃPoison」でおなじみの、反町隆史の「Poison」である。たぶん我々は、どうしようもない厄介な局面に身を置いたときには、死ぬまでこの歌のことを思い出すんだろうと思う。そう考えると偉大な歌だ。ファルマンとふたりで語り合っているときは、もはや一節を唄ったり「Poison」というタイトルを口に出したりする必要はない。「マジで反町だ」といっている。「反町」=「言いたいことも言えないこんな世の中じゃPoison」なのだ。でも最近は、「マジで反町だ」「反町だねー」のやりとりのあと、「Ah Forever Your Love~」と唄うのが流行りだ。あ、そっちなんだ? というボケ。てっきり新型コロナ対策に対する鬱憤で「Poison」なのかと思ったら、実はビーチボーイズ」のそっちのほうだったんだ、めっちゃ声低いやつだ、という。そこまででワンセット。夫婦の内輪受けの一連の流れ。
最近突如として始めたのだが、Twitterの勃鬼の短歌で、「オリジナル枕詞」というのをハッシュタグを付けてやっている。あの枕詞という、なんの意味もない、音数を合わすだけの言葉って、思い返すだに、「あってもなくても別にいいけど、俺たちが学ぶ必要はねえだろう」という感じなのだが(まあそんなこといったら文系の勉強のほとんどがそうなってしまうのだけど)、自分で好き勝手にやる分には愉しいのではないかと思った。学年題俳句よりはだいぶ小規模なオリジナル性なのだけど、気軽にできていい。ここ10日ほどの短歌はもっぱらこの趣向でやっている。
ここまで「乳重の→梅雨」「常濡れの→放課後」「抜きすさぶ→ナイトプール」「夢縫いの→陰嚢」「めめぬめる→女湯」「双子獅子→金玉」「ちんまんの→セックス」「花襞の→プリーツスカート」「爛転ぶ(らんまろぶ)→ビキニ」「べろつばき→フェラチオ」「天を突く→勃起」「てるつよし→亀頭」というのが出ている。すごく愉しい。なにしろ、法則性とか意味とか、特に考える必要がないのだ。雰囲気だけで勝手にやっていいのだ。こんなに楽な短歌技法はない。古典の時代の奴らも、さぞや半笑いで「たらちねのー」とかやっていたんだろうと思う。
これが100個くらい溜まったら、一覧表でも作ろうと思う。そしてパピロウ期末試験にここ出るからなー。夢縫いの陰嚢だからなー。ちゃんと覚えとけよー。
2020年7月28日火曜日
えなり・手締め・現代
4連休の最終日に、実家の面々とLINEで映像通話した。母と祖母は実家にいて、姉一家は実家から車で5分ほどの姉一家宅にいて、3画面通話だった。このウィズコロナ時代においてそれはあまりにも普通のことなのだろうが、僕にとっては初めての経験で、便利なものだなあと思った。複数画面で同時に繋ぐと話が噛み合いづらくなるのではないかと思ったが、やってみたらなんにも変わらなかった。卒寿と小学生の対話なんて、実際に会ってようが3画面の映像通話だろうが、はじめから噛み合わないのだった。
通話の中で、「夏は来ないんでしょ?」と母に訊ねられた。もちろん行かない。「冬の帰省こそできなそうだから夏は行きたかったんだけどねえ」と答えたら、「えっ、冬も来ないの?」と母は少し哀しそうだった。もちろんまだ分からないが、前評判では寒い時期こそダメって話だった。行ける状況になる可能性は低いだろう。こればっかりはもう、えなりかずきのごとく、「そんなこといったってしょうがないじゃないか」としかいいようがない。ピン子も赤木春恵も我慢してほしい。
手締めってすごく憧れるなあと思い、YouTubeで小一時間ほど、もちろん自分とは一切関係のない団体の、集いの席での手締めの映像を眺めた。一丁締め、一本締め、三本締め、大阪締め、伊達の一本締め、博多一本締めなど、さまざまなバリエーションがあり、とても愉しかった。やっているのは、端のほうにいるわずかな女性を除いて、基本的に男性ばかりで、手締めというものの業みたいなものを感じた。暴力団によるそれの映像も多数出てきたので、なんか要するに手締めって、そういうものなんだなあとも思った。
だとすれば、地元を捨て、ありとあらゆる旧友を捨ててきた僕にとって、手締めって対極にある文化のはずだ。そういう仲間賛美の共通認識、お前死ぬほど嫌いじゃん、という話である。でも、だからこそ憧れたりもするのである。
もしも今後の人生で、所属する集団で手締めを行なう場面が訪れたならば、そのときはオーソドックスな一本締めとかじゃなくて、オリジナルのリズムを開発したい。それこそ手締めの醍醐味だろう。メンバー内だけの共有事項として、独特の拍子の手締めを、見事に全員で合わせて行ないたい。そのときの快感たるや、と夢想する。
なので仲間がひとりもいない今のうちから考えておこうと思い、ファルマンに相談した。「自由な発想で考えてくれ」と依頼したところ、「うーん」と悩む素振りを見せたのちおもむろに示した1手目が、グーの右手がパーの左手のひらを打ち付ける、「そうか!」の振付だったので、これは期待が持てる、と思った。完成したら発表したい。
子どもたちの通う小学校の先生が若い。ポルガの担任は、去年度も25歳くらいの男性だったが、今年度なんか23歳くらいの女性だそうで、そんなのもうほとんど大学生だし、っていうか我々側か子ども側かでいえば、もはや子ども側じゃないかよ、と思う。そのため授業以外の雑談で話される内容もやけに若く、「鬼滅の刃」だの「GENERATIONS」だの、昭和生まれの親からは与えられない情報を日々仕入れてくる。まさか自分がこんなにも現代の流行りについていけない「親」になるとは思ってなかった。
だがその一方で、音楽の授業においては現在、リコーダーで「男の勲章」をみんなで練習しているそうで、なんかもうクラクラする。変な未来。
通話の中で、「夏は来ないんでしょ?」と母に訊ねられた。もちろん行かない。「冬の帰省こそできなそうだから夏は行きたかったんだけどねえ」と答えたら、「えっ、冬も来ないの?」と母は少し哀しそうだった。もちろんまだ分からないが、前評判では寒い時期こそダメって話だった。行ける状況になる可能性は低いだろう。こればっかりはもう、えなりかずきのごとく、「そんなこといったってしょうがないじゃないか」としかいいようがない。ピン子も赤木春恵も我慢してほしい。
手締めってすごく憧れるなあと思い、YouTubeで小一時間ほど、もちろん自分とは一切関係のない団体の、集いの席での手締めの映像を眺めた。一丁締め、一本締め、三本締め、大阪締め、伊達の一本締め、博多一本締めなど、さまざまなバリエーションがあり、とても愉しかった。やっているのは、端のほうにいるわずかな女性を除いて、基本的に男性ばかりで、手締めというものの業みたいなものを感じた。暴力団によるそれの映像も多数出てきたので、なんか要するに手締めって、そういうものなんだなあとも思った。
だとすれば、地元を捨て、ありとあらゆる旧友を捨ててきた僕にとって、手締めって対極にある文化のはずだ。そういう仲間賛美の共通認識、お前死ぬほど嫌いじゃん、という話である。でも、だからこそ憧れたりもするのである。
もしも今後の人生で、所属する集団で手締めを行なう場面が訪れたならば、そのときはオーソドックスな一本締めとかじゃなくて、オリジナルのリズムを開発したい。それこそ手締めの醍醐味だろう。メンバー内だけの共有事項として、独特の拍子の手締めを、見事に全員で合わせて行ないたい。そのときの快感たるや、と夢想する。
なので仲間がひとりもいない今のうちから考えておこうと思い、ファルマンに相談した。「自由な発想で考えてくれ」と依頼したところ、「うーん」と悩む素振りを見せたのちおもむろに示した1手目が、グーの右手がパーの左手のひらを打ち付ける、「そうか!」の振付だったので、これは期待が持てる、と思った。完成したら発表したい。
子どもたちの通う小学校の先生が若い。ポルガの担任は、去年度も25歳くらいの男性だったが、今年度なんか23歳くらいの女性だそうで、そんなのもうほとんど大学生だし、っていうか我々側か子ども側かでいえば、もはや子ども側じゃないかよ、と思う。そのため授業以外の雑談で話される内容もやけに若く、「鬼滅の刃」だの「GENERATIONS」だの、昭和生まれの親からは与えられない情報を日々仕入れてくる。まさか自分がこんなにも現代の流行りについていけない「親」になるとは思ってなかった。
だがその一方で、音楽の授業においては現在、リコーダーで「男の勲章」をみんなで練習しているそうで、なんかもうクラクラする。変な未来。
2020年7月22日水曜日
横浜叔父・再会・重み
実家にマスクを発送し、「送ったから明日たぶん届くよ」ということを母にLINEで伝えたところ、それに対する謝意とともに、「そういえばおじちゃんが近所に引っ越してきたよ」という報告があり、「ええっ!?」となった。
母がたまに繰り出す、「それってもらった電話(当世はLINEだが)で伝えること?ギャグ」が、久々に発動した。ちなみに前回は「そういえば犬が死んだよ」である。
おじちゃんというのは、母の弟である叔父のことで、大学のあった広島で就職し、ずっと独り身のまま、2年ほど前に定年退職をしたのだった。それ以降、年末年始や夏の集いの際には、祖母から事あるごとに「山梨に帰ってくればいいのに」と嘆かれ、しかし母と叔父はやけに山梨のことが好きじゃないので、帰る素振りはまるでなく、僕も叔父といえば広島というイメージしかなかったので、まあ広島でふわふわ仙人のように暮すのが性に合っているんだろう、隣県なのでそのうち家族で家に急襲してやろう、などと思っていた。
そんな叔父が突如として横浜市民である。実家から車で15分ほどの距離だという。僕の驚愕のリアクションに対し、母は「あれ? お正月のときとかにそういう話してなかったっけ?」ととぼけていた。僕はたしかに実家で話されたことは瞬時に忘れがちなので、そういうどうでもいいやりとりを延々と覚えているファルマンに確認したところ、ファルマンもまた「聞いてないよ!」と衝撃を受けていたので、やっぱり青天の霹靂なのだった。
しかしまあ、身寄りもない広島で独居老人まっしぐらコースよりかは、(親戚付き合いが特濃の山梨という選択肢はなかっただろうから)叔父にとっての姉や、姉の娘一家がいる横浜のほうが、今後のことを思えばなにかといいのは間違いない。それに、僕もまたそうだからほぼ間違いないこととして、叔父は40年あまり暮した広島という街に、たぶんぜんぜん格別の愛着もなかっただろうと思う。つまり広島でも横浜でも、叔父にとっては関係ないのだ。むしろ重ねないつもりでも自然と重なってしまった40年分の年輪がある広島より、横浜のほうが心地よいとさえ思っているはずだ。
そんなふうに考えて、聞いた直後は驚愕した内容だったが、すとんと腑に落ちた。広島の叔父というイメージしかこれまでなかったので、そこの認識にはまだ違和感はある。あとやっぱり、それってもらった電話で伝えること? とは思う。
先日、失業保険を申請してから初めての認定日がやってきて、指定された日取りにハローワークへ行った。なにしろ工場閉鎖で、従業員が一斉に退職となったので、雇用保険の申請をしたタイミングもほぼ一緒ということになり、じゃあ認定日にハロワに行ったら、工場の人たちと顔を合わせたりするかしら、と少し身構えた。別に会いたいわけではないが、なにぶん7月に入ってから、「家族以外の知人との会話」というものを本当に一切していないため、言うても寂しがり屋(かわいい)な一面が顔を覗かせたのだった。それで結果はどうだったかといえば、市という単位は自分が思っているよりもはるかに大きな単位なんだな、ということを痛感した。市内には、自分と同じタイミングで失業保険を申請した、自分の知らない人がこんなにいるのか、と思った。結局だれとも再会しなかった。この体験は2度目だ。初めては成人式のときだ。高校から東京に行ってしまい地元を顧みなかった僕は、成人式に連れ立って行くジモ友がひとりもいなくて、でも会場に行けば誰かしらに会うだろ、と思ってひとりで行ったら、なにぶん横浜アリーナで午前と午後の2部に分けて式を行なう横浜市なので、群衆の中を血眼になって探したのに、僕が知っている(20人くらいの人間は)誰ひとりとして見つからず、出発前に母に「同級生と再会して飲みに行って遅くなるかも」と言っていたのに、めちゃくちゃまっすぐ帰宅したのだった。そのことを思い出した。成長しない。
エロ小説をベッドの下の引き出しに入れていて、ファルマンは当然ながらそれを忌々しく思っていて、子どももだんだん大きくなってくるのに、もしも引き出しを開けられて中身を見られたらどうすんだ、といい、引き出しの中にずらっと並ぶ背タイトルの上に、わざわざ目隠しの布を掛けたりしているのだが、先日蔵書の整理をして、ほんの少しブックオフに売ったりして、そういう作業をしていて思ったこととして、おそらく許容荷重をはるかに超えた、何百冊かのエロ小説がぎっしり搭載されたこの引き出し、子どもの力で引き出すことは到底不可能だ。僕でさえしっかり腰を据えて引っ張らないと開かない。だからこれは安全だと思う。つまりこれは一種の密室トリックで、重さが鍵になっているというパターン。あるいは小銭を詰めた靴下で殴打する、凶器トリックのほうか。さらにこの重みは僕自身にとってもいい作用があり、引き出しを開けるのがちょっと億劫になることにより、本当に読みたい、必要だ、と思ったときにしかエロ小説を手に取らないで済む。以上の理由により、この大量のエロ小説は、ぜんぜん忌々しくないと思います、裁判長。
母がたまに繰り出す、「それってもらった電話(当世はLINEだが)で伝えること?ギャグ」が、久々に発動した。ちなみに前回は「そういえば犬が死んだよ」である。
おじちゃんというのは、母の弟である叔父のことで、大学のあった広島で就職し、ずっと独り身のまま、2年ほど前に定年退職をしたのだった。それ以降、年末年始や夏の集いの際には、祖母から事あるごとに「山梨に帰ってくればいいのに」と嘆かれ、しかし母と叔父はやけに山梨のことが好きじゃないので、帰る素振りはまるでなく、僕も叔父といえば広島というイメージしかなかったので、まあ広島でふわふわ仙人のように暮すのが性に合っているんだろう、隣県なのでそのうち家族で家に急襲してやろう、などと思っていた。
そんな叔父が突如として横浜市民である。実家から車で15分ほどの距離だという。僕の驚愕のリアクションに対し、母は「あれ? お正月のときとかにそういう話してなかったっけ?」ととぼけていた。僕はたしかに実家で話されたことは瞬時に忘れがちなので、そういうどうでもいいやりとりを延々と覚えているファルマンに確認したところ、ファルマンもまた「聞いてないよ!」と衝撃を受けていたので、やっぱり青天の霹靂なのだった。
しかしまあ、身寄りもない広島で独居老人まっしぐらコースよりかは、(親戚付き合いが特濃の山梨という選択肢はなかっただろうから)叔父にとっての姉や、姉の娘一家がいる横浜のほうが、今後のことを思えばなにかといいのは間違いない。それに、僕もまたそうだからほぼ間違いないこととして、叔父は40年あまり暮した広島という街に、たぶんぜんぜん格別の愛着もなかっただろうと思う。つまり広島でも横浜でも、叔父にとっては関係ないのだ。むしろ重ねないつもりでも自然と重なってしまった40年分の年輪がある広島より、横浜のほうが心地よいとさえ思っているはずだ。
そんなふうに考えて、聞いた直後は驚愕した内容だったが、すとんと腑に落ちた。広島の叔父というイメージしかこれまでなかったので、そこの認識にはまだ違和感はある。あとやっぱり、それってもらった電話で伝えること? とは思う。
先日、失業保険を申請してから初めての認定日がやってきて、指定された日取りにハローワークへ行った。なにしろ工場閉鎖で、従業員が一斉に退職となったので、雇用保険の申請をしたタイミングもほぼ一緒ということになり、じゃあ認定日にハロワに行ったら、工場の人たちと顔を合わせたりするかしら、と少し身構えた。別に会いたいわけではないが、なにぶん7月に入ってから、「家族以外の知人との会話」というものを本当に一切していないため、言うても寂しがり屋(かわいい)な一面が顔を覗かせたのだった。それで結果はどうだったかといえば、市という単位は自分が思っているよりもはるかに大きな単位なんだな、ということを痛感した。市内には、自分と同じタイミングで失業保険を申請した、自分の知らない人がこんなにいるのか、と思った。結局だれとも再会しなかった。この体験は2度目だ。初めては成人式のときだ。高校から東京に行ってしまい地元を顧みなかった僕は、成人式に連れ立って行くジモ友がひとりもいなくて、でも会場に行けば誰かしらに会うだろ、と思ってひとりで行ったら、なにぶん横浜アリーナで午前と午後の2部に分けて式を行なう横浜市なので、群衆の中を血眼になって探したのに、僕が知っている(20人くらいの人間は)誰ひとりとして見つからず、出発前に母に「同級生と再会して飲みに行って遅くなるかも」と言っていたのに、めちゃくちゃまっすぐ帰宅したのだった。そのことを思い出した。成長しない。
エロ小説をベッドの下の引き出しに入れていて、ファルマンは当然ながらそれを忌々しく思っていて、子どももだんだん大きくなってくるのに、もしも引き出しを開けられて中身を見られたらどうすんだ、といい、引き出しの中にずらっと並ぶ背タイトルの上に、わざわざ目隠しの布を掛けたりしているのだが、先日蔵書の整理をして、ほんの少しブックオフに売ったりして、そういう作業をしていて思ったこととして、おそらく許容荷重をはるかに超えた、何百冊かのエロ小説がぎっしり搭載されたこの引き出し、子どもの力で引き出すことは到底不可能だ。僕でさえしっかり腰を据えて引っ張らないと開かない。だからこれは安全だと思う。つまりこれは一種の密室トリックで、重さが鍵になっているというパターン。あるいは小銭を詰めた靴下で殴打する、凶器トリックのほうか。さらにこの重みは僕自身にとってもいい作用があり、引き出しを開けるのがちょっと億劫になることにより、本当に読みたい、必要だ、と思ったときにしかエロ小説を手に取らないで済む。以上の理由により、この大量のエロ小説は、ぜんぜん忌々しくないと思います、裁判長。
2020年7月14日火曜日
MAX・ヒロシ・明け
無職で時間があるときにやりがちなことランキング第6位の、蔵書の整理をして見切りをつけたものをブックオフに売りに行く、を実行した。と言ってもここ数年はずっと、増えるよりも減るほうが多いような状況なので、そこまで売るものは多くない。紙袋3つ分くらい。1200円。思っていたよりは値段がついた。売ったものの中にはMAXのCDもあり、感慨深かった。当時あんなに好きだったMAXのCDを、とうとう売ってしまう日が来るとは。なんとなくあの頃の自分を裏切ってしまったような罪悪感が胸を刺した。たしかに今の僕にはもうMAXは必要なくなってしまった。だけどMAXがくれた喜び、感動、やるせない気持ちは、これからも僕の中で生き続けるに違いない。あの日々は無駄じゃなかった。あの日々があるから、今がある。ありがとう、MAX。
先日、柳家喬太郎の高座をテレビで観ていて、喬太郎って誰かに似てるなー、と感じて思いを巡らせた結果、芸人のヒロシとまったく同じ顔だ、と思い至った。本当に似ている。というか同じ顔なのだ。こんなに同じ顔があるかよ、というくらい同じ。一緒に観ていたファルマンに伝えたら、しばらくじっと観たのちに、「ほんとだ!」と驚いていた。
ところでヒロシといえば、いまは再放送ばかりになってしまっているが、BSで金曜日の夜にやっている「迷宮グルメ異郷の駅前食堂」がとてもおもしろい。毎週録画し、30分の2話構成なので、週末の昼食時に1話ずつ観る、というのが最近のわが家の定番となっている。これがとてもいい。このため子どもたちの中でヒロシは、我々にとってのタモリのような、とてつもなくメジャーなタレントみたいになっている。別に教育方針でもなんでもなく、自分たちが観たい番組がないという理由で、民放の番組が子どもの目に触れる機会が少ないため、子どもたちにとってヒロシの存在ばかりが大きい。テレビタレントのイメージをグラフに表したら、うちの子だけやけにヒロシの占める割合が多い、いびつなものになるだろうと思う。
梅雨が長い。もう1ヶ月以上、梅雨をしている。いよいようんざりだ。九州などでは災害にもなっているし、早く明けてほしい。明けると言えば、緊急事態宣言の最中あたり、「コロナが明けたら……」みたいな表現をよく目にして、コロナとは明けるものなのか、喪的なものなのか、と思ったりしたが、緊急事態宣言が解除になったあとはあんまりそういう人は見なくなって、じゃあちょっとずつ生活を元通りにしていこうとしていっているこの日々は、コロナが明けたといえるのか、といえばそんなことはもちろんなくて、コロナってまだまだダラダラと長引くようで、だとすればあのとき彼らがいっていた「コロナが明けたら……」は、ただ単に緊急事態宣言の解除のことを指していたのだな、と思った。コロナどうこうというより、活動自粛でしょげてたんだな。
ところでつい昨日のことなのだが、わが家のインターネットの、NTTから借りているあの機械が、急にウンともスンともいわなくなり、ネットができなくなり、それはファルマンが狂乱しながらセンターに電話をかけて、たった1日で代替機を手に入れて無事に復旧したのだが、引っ越しの際には必ず初日にインターネット回線を繋げることで知られるファルマンにとって、インターネットに繋がらない一夜はありえないものだったようで、ちょっと禁断症状みたいになっていた。そのさまを見て、「アウトドア派の人にとっての外出自粛がそれなんだよ」といったら、バケモノはハッとしていたので、少し他者の気持ちが解ったのかもしれなかった。
先日、柳家喬太郎の高座をテレビで観ていて、喬太郎って誰かに似てるなー、と感じて思いを巡らせた結果、芸人のヒロシとまったく同じ顔だ、と思い至った。本当に似ている。というか同じ顔なのだ。こんなに同じ顔があるかよ、というくらい同じ。一緒に観ていたファルマンに伝えたら、しばらくじっと観たのちに、「ほんとだ!」と驚いていた。
ところでヒロシといえば、いまは再放送ばかりになってしまっているが、BSで金曜日の夜にやっている「迷宮グルメ異郷の駅前食堂」がとてもおもしろい。毎週録画し、30分の2話構成なので、週末の昼食時に1話ずつ観る、というのが最近のわが家の定番となっている。これがとてもいい。このため子どもたちの中でヒロシは、我々にとってのタモリのような、とてつもなくメジャーなタレントみたいになっている。別に教育方針でもなんでもなく、自分たちが観たい番組がないという理由で、民放の番組が子どもの目に触れる機会が少ないため、子どもたちにとってヒロシの存在ばかりが大きい。テレビタレントのイメージをグラフに表したら、うちの子だけやけにヒロシの占める割合が多い、いびつなものになるだろうと思う。
梅雨が長い。もう1ヶ月以上、梅雨をしている。いよいようんざりだ。九州などでは災害にもなっているし、早く明けてほしい。明けると言えば、緊急事態宣言の最中あたり、「コロナが明けたら……」みたいな表現をよく目にして、コロナとは明けるものなのか、喪的なものなのか、と思ったりしたが、緊急事態宣言が解除になったあとはあんまりそういう人は見なくなって、じゃあちょっとずつ生活を元通りにしていこうとしていっているこの日々は、コロナが明けたといえるのか、といえばそんなことはもちろんなくて、コロナってまだまだダラダラと長引くようで、だとすればあのとき彼らがいっていた「コロナが明けたら……」は、ただ単に緊急事態宣言の解除のことを指していたのだな、と思った。コロナどうこうというより、活動自粛でしょげてたんだな。
ところでつい昨日のことなのだが、わが家のインターネットの、NTTから借りているあの機械が、急にウンともスンともいわなくなり、ネットができなくなり、それはファルマンが狂乱しながらセンターに電話をかけて、たった1日で代替機を手に入れて無事に復旧したのだが、引っ越しの際には必ず初日にインターネット回線を繋げることで知られるファルマンにとって、インターネットに繋がらない一夜はありえないものだったようで、ちょっと禁断症状みたいになっていた。そのさまを見て、「アウトドア派の人にとっての外出自粛がそれなんだよ」といったら、バケモノはハッとしていたので、少し他者の気持ちが解ったのかもしれなかった。
2020年7月8日水曜日
バージンカラオケ・17年・BETWEEN A AND B
先週の日曜日、カラオケに行った。コロナ禍以降、初めてのカラオケである。前回は2月16日とのことで、この日の日記には新型コロナのことにはぜんぜん触れていない。コロナウイルスのことはこの時点ですでに取り沙汰されてはいたと思うが、まだまだ対岸の火事だった時期だろう。
なにより「三密」という概念がまだ生まれる前だ。コロナには、「コロナ前」「コロナ後」というそもそもの区切りに加えて、「三密前」「三密後」という区切りがあると思う。あれでこの騒動のキャラが確定された感がある。
カラオケは三密に見事に当てはまる行為で、実際にちょっと前にもクラスターが発生したりしていた。僕もまだ不特定多数の人と一緒にやろうとは思わない。今回のカラオケももちろんいつメン、妻と娘ふたりとである。
唄ったのは少なめ。1曲目、中島みゆき「瞬きもせず」。2曲目、小坂明子「あなた」。3曲目、乃木坂46「インフルエンサー」。4曲目、山口百恵「イミテイション・ゴールド」。5曲目、ザ・ドリフターズ「ドリフのズンドコ節」(追悼)。6曲目、小柳ゆき「あなたのキスを数えましょう」。7曲目、玉置浩二「メロディー」というラインナップ。約5ヶ月ぶりのカラオケということで、調子を掴むのが難しかった。カラオケ処女膜が再生してしまったのかもしれない。今後、いったいいつ家族以外の人間に歌声を披露する機会があるのか見当もつかないが、なるべくコンスタントに行為をして、こなれた状態をキープしておきたい。
今日は7月8日ということで、ファルマンとの交際開始記念日である。毎年いうことながら、来月が結婚記念日のため、特に祝い事をするわけでもない。しかし結婚よりも常に5年分、数字が大きいために、「歳月……」ということを思うにあたっては、こちらの数字のほうが効果的である。
今年はそれが、17年目ということになる。ファルマンが20歳のときのこと(僕は19)なので、めっぽう計算がしやすいのだ。
というわけで満を持して思おう。
17年……。さ、歳月……。
先日「nw」にアップした、「WE ARE MD AGE」Tシャツというのがあるのだが、ファルマンが「わたすも欲すい」というので、作ってやった。「WE」といっていることもあり、複数枚作ることに意義がある。とはいえこのTシャツは、子どもたちには作ってやれない(求めもしないだろうが)。だいたい、現在32歳~43歳くらいの人専用のTシャツとなっております。
ファルマンのTシャツには、自分のにはしなかったのに(今度しようと思っているが)、背中側にもメッセージを足した。「BETWEEN PERSEVERANCE AND INFORMATION」というのがそれで、意味は「気合と情報の間」。辻仁成と江国香織の共著ではない。気合世代と情報世代に挟まれた我々、ということである。MD世代という言葉は、本当にどうにかすれば、「団塊の世代」みたいな用語になって、だとしたら僕は堺屋太一みたいになれるんじゃないか、と夢見ているのだけど。
なにより「三密」という概念がまだ生まれる前だ。コロナには、「コロナ前」「コロナ後」というそもそもの区切りに加えて、「三密前」「三密後」という区切りがあると思う。あれでこの騒動のキャラが確定された感がある。
カラオケは三密に見事に当てはまる行為で、実際にちょっと前にもクラスターが発生したりしていた。僕もまだ不特定多数の人と一緒にやろうとは思わない。今回のカラオケももちろんいつメン、妻と娘ふたりとである。
唄ったのは少なめ。1曲目、中島みゆき「瞬きもせず」。2曲目、小坂明子「あなた」。3曲目、乃木坂46「インフルエンサー」。4曲目、山口百恵「イミテイション・ゴールド」。5曲目、ザ・ドリフターズ「ドリフのズンドコ節」(追悼)。6曲目、小柳ゆき「あなたのキスを数えましょう」。7曲目、玉置浩二「メロディー」というラインナップ。約5ヶ月ぶりのカラオケということで、調子を掴むのが難しかった。カラオケ処女膜が再生してしまったのかもしれない。今後、いったいいつ家族以外の人間に歌声を披露する機会があるのか見当もつかないが、なるべくコンスタントに行為をして、こなれた状態をキープしておきたい。
今日は7月8日ということで、ファルマンとの交際開始記念日である。毎年いうことながら、来月が結婚記念日のため、特に祝い事をするわけでもない。しかし結婚よりも常に5年分、数字が大きいために、「歳月……」ということを思うにあたっては、こちらの数字のほうが効果的である。
今年はそれが、17年目ということになる。ファルマンが20歳のときのこと(僕は19)なので、めっぽう計算がしやすいのだ。
というわけで満を持して思おう。
17年……。さ、歳月……。
先日「nw」にアップした、「WE ARE MD AGE」Tシャツというのがあるのだが、ファルマンが「わたすも欲すい」というので、作ってやった。「WE」といっていることもあり、複数枚作ることに意義がある。とはいえこのTシャツは、子どもたちには作ってやれない(求めもしないだろうが)。だいたい、現在32歳~43歳くらいの人専用のTシャツとなっております。
ファルマンのTシャツには、自分のにはしなかったのに(今度しようと思っているが)、背中側にもメッセージを足した。「BETWEEN PERSEVERANCE AND INFORMATION」というのがそれで、意味は「気合と情報の間」。辻仁成と江国香織の共著ではない。気合世代と情報世代に挟まれた我々、ということである。MD世代という言葉は、本当にどうにかすれば、「団塊の世代」みたいな用語になって、だとしたら僕は堺屋太一みたいになれるんじゃないか、と夢見ているのだけど。
登録:
投稿 (Atom)