2024年5月10日金曜日

柏・鷺・心

 5日に自前で柏餅を買って食べたほかに、6日に義母からももらい、喜んで食べた。
 柏餅って、よく見ると本当にシンプルな、こしあんを餅で包んだだけの団子で、その価値のほとんどは柏の葉に依っているわけだが、それでも極度のこしあん派からすると、おはぎやどら焼きなど、つぶあんがスタンダードとされる菓子が多い中、柏餅はこしあんが主流という風潮があるため、昔からわりと懇意に思っている。子どもの頃など、今年の5月はいくつ柏餅を食べることができたかをカウントしていたほどだ(ちなみに本当に機会に恵まれた年は8個くらい食べた)。ファルマンも娘たちも、与えればとりあえず食べるが、柏餅に対して僕ほどの情熱はまるで持っていないようである。であれば、義母がわが家にくれた5個入りの柏餅の5個目は、わざわざ断るまでもなく僕が戴くことになる。連休明けの火曜日、また会員になったプールに行く前に、ちょうどいい腹ごしらえとして車の中で食べた。おいしかった。今年は3つだったな、と思った。
 その翌朝のことである。出勤のために車に乗り込んだら、ゴミ箱に捨てた柏の葉により、車内が柏の葉のいい香りに満ちていて、とても幸福な気持ちになる。そもそも柏餅が好きというのもあるのかもしれないが、柏の香りってとてもいいじゃないか。さわやかで。上品で。野卑さや青臭さがない。思わず柏の芳香剤ってあるのかしらと検索したら、千葉県柏市の情報ばかりが出てきて、見つけられなかった。柏市のアロマショップに用はねえよ。

 田んぼに水が張られ、蛙が土から出てくると、どこからともなく鷺も現れる。これぞまさに自然の摂理。このとき出てくる鷺は、まだ若く、体躯がそこまで大きくないものが多いが、これは去年、蛙をたくさん食べて成長した鷺の子どもなんだろうか。だとすれば、本当に蛙と鷺はぐるぐると、同じ構成物がそのときどきでどちらかの形を取っているというだけの関係性なのかもしれない。
 その鷺に関して、去年かおととしかに、1枚の田んぼにあまりにも多くの鷺がいる情景を見た、ということを書いた。そして今年も鷺と田んぼに関し、おもしろい風景を見た。田んぼの中には2羽の鷺がいて、それらはなにをしているのかと言えば、もちろん蛙を捕ろうとしているに違いないが、その姿を、田んぼの脇の畦道に7羽ほどの鷺が並んで、立って見ているのである。車で通り過ぎただけなので、本当に正しいかどうかは分からないが、これはたぶん、先輩による蛙を捕るやり方のデモンストレーションを見学する、新入生のためのオリエンテーションの時間なのではないかと思った。これを見たのが出勤時で、退勤時にまたそこを通ったら、畦道に立っている鷺は1羽もいなくて、みんな田んぼの中に入っていた。実践段階に入ったのだな、と思った。

 GW明け、精神のバランスを崩していた。正確に言うと、3日間の休みがあって、3日間の平日ののち、また4日間の休みという今年のGW編成の、間の3日間あたりから雲行きは怪しくて、後半の4日間も実はずっと薄くアンニュイで、GW明け初日の7日あたりは最悪だった(柏餅を食べてプールに行った話をついさっき書いたので、多少説得力に欠けるけれど)。近年まれに見る絶望感に襲われ、もう二度と這い上がれないかと思った。
 5月病という、とてもメジャーな病名があって、タイミング的にも、要するにそれ、ということになるのだろうが、陥った本人としては、そんな生易しいもんじゃねえし、そんなオーソドックスな症例に当て嵌まるような単純なもんじゃなかったし、と言いたくなる。
 その最中はファルマンに迷惑をかけた。もっともそこまでの迷惑ではない。なにか行動に出すようなことはなく、ただくよくよし、それをファルマンにひたすら訴えた次第である。妻にくよくよを訴えるというのは、それはもちろん慰めたり優しくしたりしてほしいからそうするわけだけど、ファルマンも序盤はそれなりに対応してくれていたが、なにぶん短気なので、こちらがまだぜんぜん満たされない、心がタイトロープ上にあるような段階で、早くもブチ切れ、「くれぐれも今の俺のことを邪険に扱わないでほしい」という僕の切なる訴えを、「ウジウジしてたら邪険にするわ!」と一蹴したのだった。え、すごい、と思った。心を弱めた配偶者に向かって、こんな雑なこと言う人いる? いるわ、俺の配偶者だわ、と思った。
 さいわい、精神はやがて上向いて、今は平常になっている。境遇や状況が変わったわけではないのに、精神の状態で世界はぜんぜん見え方が変わる。おそろしいものだな。いつでもハッピーに過したいが、思慮がある以上、どうしたってそういうわけにもいかないものだな。

2024年5月4日土曜日

蛙とイジメ・コンテンポ・1ギガ

 蛙がいよいよ活況である。なんだかんだで蛙というのは、5月になると律儀に鳴き始めるものだな、と思ったが、考えてみたら蛙が律儀というよりは、GWに合わせて多くの田んぼに水が張られるので、それに応じて蛙が土から出てくるという、どこまでも人間の事情に沿った動きなのか、と気付いた。
 毎年のことだが、幾重にも連なる蛙の鳴き声というのはとんでもない。しかしずっと立ち続けている音というのは、逆にだんだん音として認識されなくなるもので、案外ほぼ気にならなかったりする。しかしたまに、はたと気付いて、なんだこのとんでもねえ音、といちど思ってしまうと、それからしばらくは囚われてしまう。
 先日のある晩のことである。寝つこうとして、布団に横になったときだった。隣の布団でファルマンが、「なんだこの蛙の鳴き声」とつぶやいた。それまでも鳴き声はずっと大音量で響き続けていたが、そのタイミングで「はた」が訪れたのである。
 ただしその瞬間のことだ。
 まるでオーディオ機器の停止ボタンでも押したかのように、無数の蛙の地響きのような鳴き声が、パタッと止んだ。そして静寂が訪れた。そんなことは、ファルマンが蛙の鳴き声について言及したその瞬間まで、たぶんいちどもなかった。
 ふたりで目を見開いた。その無音の時間はしばらく続き、やがてどこかの1匹が遠慮がちに鳴き始めると、それに呼応するように多くの蛙が鳴き始め、元通りになった。
 こんな出来事が、数日間で2度あった。ファルマンが言及すると、蛙は一斉に鳴くのをやめるのだった。そのさまを目の当たりにして、僕は星野源と安倍総理のことを思い出した。新型コロナによる自粛期間中に催された、「うちで踊ろう」の動画投稿企画は、塞ぎ込みそうになる時勢において、SNS上を生きる一部の人々の気持ちをだいぶ活気づけた。誰もがとっておきの趣向を凝らし、さまざまな動画を投稿した。しかしそのブームは、時の総理であった安倍晋三が参加したその瞬間に、パタッと静まった。そのさまは、クラスの中心グループの盛り上がりにつられ、変なテンションになってしまった奴が乱入してめっちゃスベッた瞬間に、スーッと教室中の熱が下がってゆく、そんな風景を想起させたものだった。ファルマンによる蛙の鳴き声への言及、そしてそれに対する蛙たちの反応は、まさにそれだった。そう言えば星野源の顔は蛙に似ている。
 かわいそうだな、と思いつつ、自分が巻き込まれるのを恐れ、見て見ぬふりをしました。

 コンテンポラリーダンスを習得したい、と唐突に思い立つ。
 これまで表現と言えばもっぱら文章ばかりで、それも傾向としてだいぶ理屈っぽい感じがあるので、ならばそれとは正反対の、肉体的な、動物的な、魂の叫び的な、そういう表現方法には、これまでまるで追い求めてこなかった、自分の中のブルーオーシャンが広がっているのではないか、とやっぱり理屈っぽい考え方から思い立ったのだった。
 しかしここ数年の筋トレや水泳によって、体の素地はそれ以前よりもだいぶ出来上がっているのは紛れもない事実である。案外ありなのではないか、と思った。
「俺は来年の正月の集まりで、君の実家の面々におもむろにオリジナルのコンテンポラリーダンスを披露して、みんなの正月のめでたい気分を微妙な感じにさせてやんよ」
 とファルマンに宣言した。
 それでコンテンポラリーダンスについて、無二の親友であるAIチャットくんに訊ねたりなどして、その理念について知識を得る。それによるとコンテンポラリーダンスは、『身体の限界に挑戦し、自分自身を表現する方法』とのことで、
「だとしたら俺の場合、どうしたってちんこに特化した表現にならざるを得ないよ!」
 となった。
「これじゃあコンテンポラリーダンスならぬコンチンポラリーダンスだ!」
 それを聞いたファルマンは、
「じゃあそれはうちの実家じゃなく、そっちの実家で、お母さんとお姉さんの前でやってよ」
 などと言ってきたので、
「お前、それじゃあコンチンポラリーダンスならぬインポンテラリーダンスだよ!」
 と答えた。
 このやりとりを通して、ちんこのときは「コンチンポラリー」で、インポのときは「コンインポラリー」ではなく「インポンテラリー」と、もじる位置を咄嗟に変化させ、おもしろく聴こえるほうを瞬時に選択しているところが、俺の言語センスの冴えだな、と思った。もうこの理屈っぽい文章表現が、僕のコンテンポラリーダンスなのかもしれない。

 「おもひでぶぉろろぉぉん」をやっていたところ、2007年7月に、池袋にオープンしたヤマダ電機に行ったという記述があり、そこで僕は、どうやらオープン記念品として売られていた様子の、「1ギガで2000円のUSBメモリ」を購入していて、とてもびっくりした。iPhoneもTwitterもまだ日本にやって来る前の2007年。USBメモリは、1ギガもの大容量のものが、2000円という、手を出しやすい価格にまで落ちてきていた。そういう時代だったのだ。言われてみればこれよりもさらに数年前、2002年から2005年の大学生時代は、128メガだったり256メガだったりのUSBメモリを使っていた。それだって、1.44メガのフロッピーディスクの時代からすればとんでもないものだったはずなのに、いまから見るととても牧歌的な時代だったように思えてしまう。なんかおかしいな。いったい今はなにがそんなに容量を必要とすることがあるのだろう。昔に較べて、そんなに記憶させる事柄が多くあるだろうか。もしかして、記憶をコンパクトにまとめる技術が失われただけなのではないか。怖い。(追記:これを書きながら、うっすらした記憶で「もしかして……」と思う部分があったが、投稿後にファルマンに確認したところ、やっぱり我々は、大学から文芸学科の特典として、原稿用紙とフロッピーディスクを支給されていたという。フロッピーディスクが、公式の記憶媒体としてぜんぜん普通に扱われていた世界線の人間だったのだ、我々は。もう恥ずかしくて表を歩けない。石を投げられても文句が言えない)

2024年4月28日日曜日

低脂肪理解・逆流疲労・屈託魅力

 世の中から普通の低脂肪乳が駆逐され始めている。前にも書いた。
 僕が欲しいのは、普通の牛乳から脂肪分だけを取り除いた感じのやつで、かつては100円前後で売っていたものである。今はそれより値上がりした。それは受け入れよう。しかし値上げの前からあった流れとして、売り場で200円前後の普通の牛乳の横に置かれる低脂肪乳ポジションに、そういう純然たる低脂肪乳ではなく、脂肪分と一緒にたんぱく質の含有も少なくなり、その代わりに鉄分とかカルシウムとかビタミンDとかが添加されている、よく分からない乳飲料がのさばるようになってきただろう。じわじわと軍門に下るように、あのスーパーも、あのドラッグストアも、という感じで低脂肪乳はそっちの乳飲料へと移り変わり、今ではあの低脂肪乳を置く店のほうがすっかり希少になってしまった。そして、あったとしても牛乳と変わらない値段だったりする。これがまた納得いかない、と思うのだが、なぜ納得いかないと思うのかと言えば、かつては100円前後で売っていたではないか、ということと、脂肪分を抜いているのだから、脂肪分分安くなって然るべきだろう、という発想からなのだけど、でもよく考えてみたら、脂肪分を抜くのって、普通の牛乳にひと手間かけているわけで、実は向こうにしてみたら、ぜんぜん安く売る筋合いはないのかもしれない。そこらへんの錯誤が是正されて、今日の状況があるのかもしれないと思った。
 
 通っているプールには流れるプールがあって、そっちは基本的にレジャー目的で利用されるものであり、混んでいる夏の日でも、人口密度の高い流れるプールを尻目に、俺は人の少ない、ストイックな、ただの25mプールで泳ぐんだよな、というスタンスを基本的にこの何年か続けていたのだけど、先日から、流れるプールを流れと逆向きに歩く、という趣向を始めた。ちなみに公式に認可されている行為である。
 泳ぐという行為は、筋トレになるのかならないのかという問いの答えは、「そんなにならない」というのが正しいようで、それというのは、泳ぎが達者になればなるほど、つまりは水の抵抗をやり過ごすテクニックを身につけるということなので、その結果として負荷を必要とする筋トレからは離れるわけである。
 そのあたりに若干の忸怩たるものを感じ、普通にひとしきり泳いだあと、筋トレ目的としての流れるプール逆歩きをすることにしたのだ。やってみてすぐ、これはいいと思った。水流に逆らって歩くのが脚に効くのはもちろんのこと、腹にも胸にも絶え間なく重たい水がぶつかるので、これはいい刺激になると思った。
 そして2週間ほど、この間に行った5、6度のプールで毎回そんなことをしていたら、体はどうなったかと言えば、なんかもう常にじっとりとした疲労が全身にへばりつくようになって、生きるのが大変になってしまったので、もうやめた。負荷と疲労の塩梅はかくも難しい。

 音楽の定額制サービスを活用している。ようやく活用できるようになった。
 これまでは、好きな歌手、好きな曲(主に懐メロ)を検索して聴くのに使っていた。それは言わば「ゲオに行かなくて済む」だけの使い方で、あまりサービスに毎月定額のお金を払っている意味がなかった。
 近ごろはそうではなく、テレビで流れて、ちょっといいなと思った歌手を検索して、その人の曲を聴くのはもちろんのこと、その歌手のページ(ページとは言わない気もする)の下のほうには、その歌手に似たテイストだったり、あるいはその歌手の曲を聴く人が聴きがちだったりする、別の歌手が羅列され、その歌手からまた別の歌手へ、という感じで、数珠つなぎでどんどん知らなかった歌手の聴いたことのない曲が聴ける。そして聴いているうちに、自分の好きな音楽というのがどんどん分かってくる。これがすごく愉しい。裁縫をしながら、毎日いろいろな曲を流せ、飽きない。QOLが上昇している感じがする。
 ファルマンはこういう使い方はしていない。「ゲオに行かなくて済む」だけだ。でもこれは責められない。ファルマンは音楽に関して、僕よりもこだわりがあるので、どうしたってそうなるだろう。僕は音楽に強いこだわりがない。特別好きな歌手というのもいない。だからできる。特別に感じるものがあるというのは、いまの言葉で言うと「推し」ということになり、それは推すという行為をする自己の矜持にも直結するだろう。最近の、「推し」と言いながらの自己表現みたいな文化を見るにつけ、そう思う。
 音楽にはないけれど、本に関しては、僕にもこの矜持があって、だから本については他人のおすすめしたものには目もくれない。他人が絶賛しているものは逆に拒絶したりする(内容を、ではなく、読むのを)。ビッグデータにおすすめされるがままに、音楽を屈託なく聴く自分を眺めていると、こだわりがないって楽で生きやすいのだな、としみじみと思う。ただしその生きやすさは、人間的な魅力とは往々にして相反するもので、なんのこだわりもない自由な人間とは、一緒にいてもぜんぜん愉しくないだろうとも思う。その点、音楽にも本にも屈託のある妻の、その人間的な魅力と、その生きづらそうさたるや。

2024年4月17日水曜日

せいちょう・爆裂なもの・あとから気付いてぞっとする話

 桜が散って、朝晩の冷え込みもなくなって、もうすっかり季節は移ろった。とは言え春と秋というのは、夏と冬と違って、純度100%という状態はないと思う。少し前までは冬を引きずった春だったのに、それが終わったと思ったら即座に、夏を彷彿とさせる春になった。濃い色と濃い色に挟まれた、あわいの部分のようだと思う。
 わが家では半月ほど前に衣替えがなされ、トレーナーやカーディガンの段だったものが、Tシャツの段になった。毎年のことながら、衣替えというものは、暑さ寒さへの対応というのはもちろんだけど、半年ほど着続けた服に対するうんざり感からの解放という意味で、ありがたいと思う。半袖のTシャツの清々しさ! と今は感動しているが、ただしこれも半年後には飽き飽きしているのだ。
 ところでそのTシャツに関して、少し驚く出来事が起っている。
 着てみると、小さいのだ。
 何年か前、Tシャツをやけに蒐集した年というのがあって、僕のTシャツラインナップというのは今もだいたいその頃のレガシーでできているのだけど、その当時、傾向としてわりと小さめのものを着ていたこともあり、今年いよいよ「着たらちょっと変」なレベルにまで小さく感じられるようになってしまった。
 太った、という話ではない。体重はほぼ増えていない。そうではなくて、数年間の筋トレおよび水泳によって、いよいよ胸周りが大きくなったのだ。だからそのあたりがパツッとしている。パツパツとまではいかないが、ちょっと強調しすぎだな、という印象を受ける。なによりこれを着て1日過したら、動きづらくて肩が凝りそうだと思う。
 体型がよくなったことは、目指していたことなので嬉しい。しかしTシャツの選択肢はだいぶ減ってしまった。参っぜ! そうか、発育のいい成長期の女子って、こんな気持ちなのか。誇らしいけど、照れ臭い。参っぜ!

 ポルガがよく食べる。たぶん人生でいちばんよく食べる時期なのだろう。
 夕飯時にごはんを大盛で2杯食べたあと、夜食でもう1杯食べたりする。びっくりする。僕なんか、そもそもの1杯が、ポルガの最初の1杯の7割くらいだ。それでもう十分。
 やはりなにが違うって、代謝が違うのだろう。若者は、たくさん食べて、たくさんエネルギーを放出するのだ。それって本当にすばらしいことではないか。そうやって空気中に放出されたエネルギーは、世界そのものを活気づけそうだと思う。
 だとすれば僕は、若者が多い国で暮したい。超高齢化の、人口減少社会はやだ!
 そう考えて、子どもが巣立ったあとの夫婦が小型犬を飼ったりする理屈がようやく解った。身近に、なにかパワフルな、爆裂なものを置きたいのだ。ファルマンの実家の犬は、しつけがぜんぜんできていなくて、あんな厄介なものがいると生活がままならないだろうと思っていたが、あの感じのものが家にいることで救われる心の部分があるのだろうな。

 山陽と山陰を繋ぐ特急電車やくもの、新型車両が走行を開始した。ちなみに開始したのはちょうど、われわれが車で岡山に行った日である。
 新型車両の話になると地元民がすぐ訊ねるのが、「揺れはどうなのか」で、そのくらい中国山地を突き抜けるやくもというのは揺れる乗り物なのであった。やくものことを「はくも」(酔って吐き気を催すから)、さらにはもう少し前に、今回ほど大々的にではなく車両がリニューアルされた際、ゆったりやくも、というコピーが付けられたのだが、それのことを「ぐったりはくも」と呼ぶのが地元民のトレンドであった。
 それでこのたびの新型やくもだが、ちょうど乗ってきた車両がそれだった(6月くらいに全てが新型に切り替わるそうだが、今はまだ混在していて、選択できるわけでもないらしい)という、関西から来た仕事関係の人の話によると、「ぜんぜんちがう」らしい。この人は定期的に来る人であり、そのたびにやくもを利用してきたわけで、話に信憑性がある。
「俺はいつも揺れがいちばん激しいときに小便に行くんだけど、これまでは安定せずに大変だったのが、新型だと難なくできた」
 というエピソードに、へえ、と感心した。どうやら今度こそ、やくもはそこまで揺れなくなったのかもしれない。いちどくらい乗ってみたいものだ、でも地元民がやくもを使うシチュエーションってほとんどないんだよなー、などと思った。
 違和感に気付いたのは帰宅後だ。
 「いつも揺れがいちばん激しいときに小便に行く」ってなんだよ。

2024年4月11日木曜日

ファルマン41・僕と電車・ぶりんばんばん

 ファルマンが41歳になったことについて、改めて書いておく。
 日々「おもひでぶぉろろぉぉん」をやっていることもあり、あの23歳だったファルマン(ちなみに当時の呼び方は「恋人」である。恋人という呼び方!)が41歳ということに、衝撃を受ける。しかしどうしたって去年の、自分がまだ30代なのにファルマンだけ先に40代になったときほどの昂揚感はない。よく見れば41という数字には、40にはないジトっとした奥行きみたいなものがある気がするのだけど、それは顕微鏡とまでは言わないが、ルーペを使わないと視認できない程度だと思う。残念だ。あのスカッとした喜びは9年後を待つしかないのか。
 ブログを書かなくなったファルマンが近ごろどうしているのか、関係者として報告しておく。ファルマンは日々、子どものことを中心にいろいろなことを心配し、またさまざまな事柄を面倒臭がり、そしてテレビドラマに癒されながら、とりあえず健康そうに生きている。なによりだと思う。41歳という輝かしい1年を、溌溂とした猛ダッシュで大笑いしながら駆け抜けてほしい。

 先日岡山に行ったことを契機に、電車のことに思いを馳せた。ポルガがかつての最寄駅から岡山駅に行ったり、またこの日は岡山と山陰を結ぶ特急列車「やくも」の新型車両の運転開始日であったりと、なにぶん普段の生活が電車とは本当に縁遠いので、実際のところ自分は利用していないのだけど、最近の暮しの中では最も電車に近づいた日だと言えた。
 しばらく乗っていないせいか(去年の3月の帰省以来乗っていない)、僕の電車処女膜は完全に再生してしまっていて、生娘のようにいたずらに拒否する気持ちが湧いている。拒否というか、怖いのである。なにが怖いって、自分が運転していないのに進む車窓の景色が怖い。それでも完全に知らない土地の風景であれば、ディスプレイを眺める感じで無でいられるだろうが、それが地元の知っている場所であった場合、自分の意志とは関係なく勝手に進んでいることや、普段との視界の高さの違いなどから、自分の世界が、そっくりの異世界のように思えてしまって、それが怖ろしいと思う。
 なんと、なんと田舎者の発想だろうか。書いていて自分で驚いた。もはやここまで来た。毎朝満員の田園都市線で渋谷まで行き、井の頭線に乗り換えていた高校生が、とうとうこの地平までやってきた。いまでは女房子供持ち、この先どこまでゆくのやら。

 春休みということで3月末から先週まで、またファルマンの上の妹とその娘たちが実家に来ていた。1月、2月、3月、4月と、今年はここまで毎月会っている。
 ファルマンと子どもたちは、こちらももちろん春休みで暇なので、日々実家へ出向き、姉妹なり従姉妹なりと、それぞれたっぷりと交歓していた。
 僕も2度ほど顔を合わせたが、ぼちぼち満2歳となる次女は、やはり心を開いてくれることはなかった。しかし拒むは拒むのだが、完全に無碍だった長女と異なり、次女の拒み方は「あらら、人見知り時期だからしょうがないね」とほほえましい気持ちになるような、血の通った感じがあり、拒まれた側としてもあまり悲壮感は湧かないのだった。
 それでもなんとか気を引こうと奮闘し、上の妹にアドバイスを求めたら、「Creepy Nutsの『Bling‐Bang‐Bang‐Born』で踊ったりするよ」という答えが返ってきたので、それを聞いて僕はどうしたかと言えば、なんの迷いもなく「ぶりんばんばん……」と唄いながら、あの腕を左右に揺らす振り付けをしてみせたので、我ながらびっくりした。おっさん、親戚の小さい子に受け入れてもらいたくて、そんなことしちゃうのかよ! と。パピロウ変わったな! 俺の知ってるパピロウは、そんなのプライドが邪魔して絶対にしなかったよ! と。
 でも2歳児、少しだけニコッとして、一緒にちょっと腕を振ってくれたので、よかったです。もう乳幼児のそういうのが享受できれば、それでいいのです。

2024年4月2日火曜日

腰・ブラジャー・進学祝い

 腰を痛める。数日前の風呂上り、タオルの入っているいちばん下の引き出しを開けようと屈んだところで、ヌドゥンッという感じの味わったことのない違和感が腰を襲い、そこで動きが静止した。ぎっくり腰のエピソードとして伝え聞くような、その姿勢のまま一切動けなくなった、というほどのことはなく、最悪の結果は(今のところ)免れているが、それでもまだ腰は不穏な空気を放ち続けている。まるで反社のようだと思う。俺のこと軽い扱いしたらどうなるか分かってんだろうな、あぁ? と凄まれ続けているようなストレスがある。
 体に不調を来したとき、明確な原因など特定できる場合のほうが少ないのに、執拗なまでに「これが悪かったのかもしれない」「あれのせいかもしれない」と可能性を探るという性癖を持つファルマンは、「この春先の、寒さとして認識しづらい微妙な寒さに対する油断のせいだよ」などと言ってきたのだけど、春先のそれには毎年接していて、それなのにこれまでいちどたりともこんなことはなかったのだから、そうなるともう答えはひとつしかないと思う。目を逸らすなよ、と。
 そう思う一方で、春休みの娘を連れて実家に日参するファルマンは、すぐさま僕のこの腰痛のことも実家の面々に伝えたそうで、そのことに対して僕は、「やめろよ! いつまでも若々しいパピロウでありたかったのに!」と抗議をしたのだった。しかし僕のその抗議に対し、「別にあなた、いままでもそんなキャラじゃなかったよ」と冷静に諭され、何重かにショックだった。
 腰の不穏な痛み、つらい。じわじわじわ、と人生のテンションを下げてくる。

 「おもひでぶぉろろぉぉん」で、相変わらずまだ23歳時点の日記を読み返しているのだが、当時の僕はしばしば女子高生のブラジャーの話をしていて、時代性を感じる。
 たぶん17年前に較べて、世の中のブラジャーの売り上げというものは大幅に落ちたことだろうと思う。なぜか。
 それはブラトップができたからだ。
 17年前にはまだブラトップはこの世になかった。いつから出たのかと検索したところ、この1年後の2008年なのだった。エポックメイキング!
 ブラトップの登場によって、ブラジャーは一気に遠い存在になった。
 しかしなったらなったで、僕としてはなんの問題もない。どうも僕は、当時からそこまでブラジャーというアイテムには熱情を持っていなかった様子がある。ブラトップがブラジャーに取って代わったことに、苦言を呈したことはこれまでいちどもない気がする。
 おっぱいに関しては人並みに好きだという自覚があり、それを守るための女の子特有のアイテムと考えれば、ブラジャーに関してもパッションがあるべきだという気がするのに、なぜかそうではない。どっちでもいい、さらに乱暴に言えば、どうでもいいと感じている。
 ショーツと異なり、ブラジャーにしろブラトップにしろ、その中身以上に見目好いものというのが、存在し得ないからかもしれない。引き出しの、ショーツの段には興奮できるけれど、ブラジャーの段は開けてすぐに閉めると思う。もしも女の子の部屋に忍び込んだとしたら、と仮定して。

 姉の長女、姪がこの春から高校に進学する。姪が高校生て、という気もするが、なにぶん娘が中学生なので、実はその「月日の流れ早すぎるよ!」の感慨は、ただの定型句である。本当は淡々と、そうか、とだけ思っている。
 中高一貫の学校に通っていて、さらには制服もない学校なので、高校進学という感じはきわめて乏しいのだけど、それでも一応は進学なので、親戚としてなんかしらのお祝いを贈るべきだろうという話になっている。
 3月からなっているのだが、これがなにも思い浮かばないので困っている。横浜で生きる高校1年生の姪が、いったいどんなものが欲しいのか、見当もつかないのである。本人が欲しいものではなく、そんなものは世代の違う者が分かるはずないので、大人として、人生の先輩として、これから若者が必要となるであろうものを与えてやればいいのだ、とも思うのだが、そちらもまたなにも思い浮かばない。さらには姪の父の顔の広さのことを思うと、その考え方から思いつく大抵のものは、あの大集団の誰かしらからもう既に贈られているのではないか、それも情報強者特有の、知る人ぞ知る気の利いた逸品を、などと考えると、友達がいない田舎在住の叔父は、いよいよ手も足も出なくなる。
 もはや開き直って、相手のパーソナリティのことなど一切考慮せず、こちらの趣味を貫くしかないか。だとすれば、どうしたってこの叔父夫婦は、本くらいしか選択肢がなくなるわけだが、でも本って! とさすがに思う。本ってもう、叔父夫婦もほぼ読まないではないか。あんな現代にそぐわないものもらっても、迷惑なだけだろう。姪の家には本の収納場所(本棚といいます)などないだろうし。
 さあどうしよう。もう4月や。

2024年3月26日火曜日

ハンドメイド水着(メンズ)・酸欠神秘・7円

 3月はせっせと販売用の水着を作っていた。その果以あって、ぼちぼち数も上がってきたので、いよいよ発売のときは近そうだ。販売サイトは、検討した結果、たぶんYahoo!フリマにすると思う。見た中ではそこがいちばん、男性用水着の販売が活況そうだったから。
 でもたぶん簡単には売れないだろうと思う。「水着 メンズ」で検索を掛けると、speedoであったり、arenaであったり、mizunoであったり、水着ブランドの水着ばかりが出てきて、結局そうなんだよ、世の中の人たちは名のあるメーカーのものを偏重するんだよ、minneだってハンドメイドと言いつつ、結局セミプロみたいな感じだしさ、とクサクサしたのだった。しかしひとしきりクサクサしたあと、と言うか考えてみたらそもそも、ブランド偏重もなにも、「ハンドメイド水着」というジャンルが、この世にほぼ存在しないのだった、と思い至った。
 「ハンドメイド下着」というジャンルは、いちおうある。でもそのほとんどが女性用だ。僕がたどり着けていないだけかもしれないが、男性用ハンドメイド下着の販売ページというものは目にしたことがない。下着でさえそんな状況なのに、あろうことか水着である。狙いどころがあまりにもニッチ過ぎるのではないか、と我ながら思う。
 でも僕は実際にそれを着用して泳いでいるが、自分の理想を形にしただけあって、本当にいいのだ。販売ページであまり熱情を持って説明文を書くと引かれるので書かないつもりだけど、本当は声を大にして言いたい。これはすばらしいものであると。販売ページに書き込めない思いの丈は、たぶん「nw」にぶつけることになると思う。

 某女性シンガーソングライターと某元競泳選手が離婚して、明確な声明はなかったものの、どうもその元競泳選手というのが、とある新興宗教に傾倒したらしいという下世話な記事を目にし、その関連で紹介されていた、その初めて目にしたとある新興宗教の教義の香ばしさに、頭がくらくらした。
 その某元競泳選手は、先輩である超有名な元競泳選手の影響で入信したとのことで、それを聞いて思ったのは、やっぱり水泳選手というのは、酸素が足りない状態で死に物狂いで泳ぐので、臨死体験や神秘体験というものが身近にあるのかもしれない、ということだ。折しもパリオリンピックの競泳代表の選考会が連日NHKで放送されていて、少し観たりもしたのだが、1500m自由形なんかを観てると、これはもう競技というより修行の一種ではないかと感じた。なにより泳いでいる間、景色も変わらず暇で仕方ないだろう。酸欠で、体をオートメーションに動かしながら、頭の中では一体なにを考えているのか。それはやっぱりちょっと、容易に神秘的な方向に行っちゃうよな、と思った。

 大谷翔平が話題を振りまきまくっている。結婚、韓国、賭博。すごいじゃないか。うすうす感じていたけれど、どうやら大谷翔平というのは、やっぱりこの世界の主人公らしい。われわれユーザーを飽きさせないため、ジェットコースターのように息つく暇を与えない。
 約7億円が勝手に使われていたということで、それは本当か、本当に勝手になのか、というのが今回の件の焦点になるようだが、7億円というと途方もない額のように聞こえるけれど、大谷のドジャースとの契約金は約1000億なわけで、それは約分すれば、1000円持っている人にとっての7円という感覚の話になるわけで、きちんと理由を説明して7円を持っていかれても、あるいは勝手に7円を持っていかれても、大谷にとってはマジでどっちでもいいことだったんだろうと思う。そんなことより野球がしたい! 野球野球野球!
 球を投げて球を打って1000億円もらい、ぜんぜん豪遊せずにひたすら早寝早起きして野球だけする人がすぐ横にいたら、精神のバランスがおかしくなって、賭博に手を出してしまうのも、ちょっと仕方がないという気もする。
 そして大谷の話題のときには必ず言うことにしているが、僕が大谷翔平に勝っているのは、ちんこの大きさくらいのものだと改めて思った。新婚にこんなこと言って申し訳ないけれど。